第6話 スイーツをご一緒に


 新聞をもってシンディが降りてきた。毎朝、毎夕、シンディは地下書庫へ顔出ししてくれる。そうしないと、多くの時間を地下書庫で過ごすマリアが、時間を忘れているからだ。

マリアが気にかけているのは、シンディの持ってきてくれるオヤツを食べる、お茶の時間だけだ。


王都に出てきている一人暮らしのシンディは、食事はこの図書館の食堂でとっている。社員食堂は、始業時間1時間半前から営業している。

一人で食べるのは淋しいと主張し、一定していない昼を除いて、朝と夕はマリアと食事をしている。


マリアは、シンディがいるからご飯をキチンと食べられるといっても過言では無かった。


半年ほど前、シンディが風邪をこじらせて、6日ほど休んだ時がある。この時、2日ほど食堂でマリアの姿が無かった。それで、他の図書館員が様子を見に行ったら、ずっと地下書庫で仕事をしていたというのだ。


そこで、その職員はマリアを食堂まで引き摺っていったらしい。食堂で、エライ勢いでご飯を食べる姿を見て、なぜそれほどお腹がすいていたのに、ここまで来ないんだ、と問いただすと

「忘れてた」

の一言が返ってきた。


シンディが来ないから、おやつも無くなり、昨日は何も食べていなかったという。

「ありがとうございました。おかげでお腹いっぱいになりました」

満足そうに笑いお礼を言うマリアを見て、その職員が呆れたのは言うまでもない。


それからはシンディが復帰するまで、食事時には誰かしらが地下書庫を覗き、マリアを食堂へ引っ張っていった。

その度に、マリアは嬉しそうに感謝した。

こうして、シンディがなんだかんだマリアの面倒を見るせいで、マリアと他の図書館員の距離は縮んできていた。



「陛下が公務を休んでるんですって。なにかご病気なのかしら」

朝食の席で、新聞を読みながらシンディがその記事を示す。

「ふう~ん」


サンドイッチを食べながら、気のない返事をマリアはした。

「そうはいっても、王様ってあんまり政治的な事はしてないよね。それなら直ぐには困らないんじゃない」


「それは、そうだけど。結界を張る祭祀としては重要なお立場でしょう」

「まあ、人間だもの。体調が悪いときだってあるよ。きっと何かあったら、王太子がいるから、なんとかなるんじゃない? 」

「そんなものかしらね」



「ねえ、マリア。明日の休館日はどうするの?」

図書館には月に一度、休館日がある。

「どうもしない。地下書庫にいる」

「本当に、地下書庫が好きよね。休館日まで仕事をすることはないわよね。判ったわ、明日は一緒にスイーツ巡りをしましょう」


そうニッコリと笑ったシンディの示した記事には、明日から行われるスイーツフェアのものだった。

「いや、それは……」

「行くわよね。人数は多い方が沢山の種類が食べられるわ」

決定された。



 王都中の菓子店だけでなく、王国の名産やその地域で人気の菓子などがずらりと揃ったスイーツフェアは、圧巻であった。

図書館女子スイーツ部が突如として立ち上げられ、その中の一人としてマリアも参加していた。


各ブースを割り振り、二人一組となって様々なお菓子を買い求めていく。マリアはシンディと組んで、王都北西部にある地域のブースに来ていた。ここにある5店舗でのお勧めをゲットするのが使命だ。


 8人でテーブルを囲み、戦利品を拡げる。一人最低1個、もしくは一口は回るように買ってある。どのお菓子もフェアに出すだけ会って美味しい。お茶と話が進む。


「そういえば、ウイリアムさんは、地下書庫に通ってるけど。何かあるの?」

そう、ラフレシアが切り出した。

彼女がこのスイーツ部に参加したのは、この話があるからかも知れない。


ラフレシアは、このフェアの目玉である新しいショコラのケーキを一つ、マリアの前に差し出した。お持ち帰り用だ。

すると横にいたカメリアが、王都随一と言われている店のマカロンのBoxを添えた。これもお持ち帰り用だ。

別に彼は、マリアに口止めはしていない。


「ウイリアムさんはね、お菓子を食べに来ているの。あの人は、甘党」

えっと女子達が驚いていた。

「でも、周囲は甘い物好きな人が少ないんだって。で、その中で甘い物を食べるのが苦痛なんだそうで」

マリアは、彼女たちの驚きの顔が中々楽しくなってきた。


ちょっと、さっきとは違う目線みたいな気もしたが、それから、顔色が少し悪くなった気もしたが

「彼は、地下書庫にお茶しに来ているんだ」

にっこり笑ってそう告げると、


「ずいぶんと美味しそうなお菓子に囲まれているね」

よく知った声が後ろからした。彼女たちが見ていたのは、マリアではなかったようだ。振り向くと、ウイリアムが笑顔で立っていた。でも、目は笑っていなかった。



「偶然だね」

なんて、軽く言われたが。ある意味偶然ではあろう。だが、

(そうか、この男が甘味が揃うこのスイーツフェアに、出向かないはずはなかったか)


ラフレシアは持ち直して、ウイリアムに同席しないかと誘った。テーブルは一人用はない。少し考えて、彼は一緒に食べることを選んだようだ。

皆は、とにかく言葉を失っていた。カバンから取り出された数々のスイーツが、次から次へとウイリアムの口の中に入っていく。


「よく、そんなに入るね」

マリアはいつものことなので、あまり気にしていなかったが、量が今日は多い。

「夕べから、何も食べていない。今日のこのために胃袋は開けてある」

そう言って、シュークリームをパクリと口にする。ご満悦の表情だ。

(そういう問題ではないんだけど。でも、この人いつもこんな感じか)


「ウイリアムさんは、そんなに甘い物がお好きなんですね」

少し引き攣っているような声でラフレシアが話しかけた。

「ええ、私は甘い物と魔法があれば、他には何もいりません」

非常に良い笑顔で、ウイリアムはそう答えた。


いつも図書館や城内などで見かける、無愛想で孤高なイメージのウイリアムはそこにはいなかった。


「このフルーツタルトは、1ホール買ったんですが、皆さんも食べますか」

彼は、一人で食べるよりも、人と食べるのが好きらしい。

ナイフも無いのに、鮮やかに9等分にした。


「このフルーツタルトは、ロッカティアのですね。売り切れてしまって、買えなかったんです。

フルーツとカスタードクリームがすごく合ってますね」


「そうなんですよ。またタルト生地も美味しいんですよね」

「ロッカティアといえば、マカロンも美味しいですよね」

「マカロンと言えば……」


ウイリアムは、男性としての評価はどうなったのかわからないが、同じ甘味愛好家としての評価は上がっただろうか。



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更新を当面は1日おきに変更します。

次回更新予定は10月11日です。

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