第5話 地下書庫、関係者以外立入禁止 2
ウイリアムは、ここで出される焼き菓子のうちマドレーヌがとてもお気に入りである。それもあって、マリアはマドレーヌを選択したのかも知れない。
「君には迷惑な話かも知れない。私が耳にした噂の範疇なんだが、その一つにね、地下室の魔女の手がかりというのが、『本の愛し子』だっていうのがある。
諸施設の中で一番古い地下室は第七王国では、この場所になる。だから、本というのも結びつけて、写本係が何か知っているんじゃないかと考えている人間が一定数いるみたいだ」
「そうですか。確かに迷惑な話ですね。でも、地下室の魔女っておとぎ話でも聞かないですね。私も初めて耳にしましたが」
「そうなんだよな。私も城内の職場で初めて聞いた。なんなんだろうな、地下室の魔女って。
この頃、城内で噂を耳にすることがちょっと増えた気がする。
カーディフ卿じゃないが、変なヤツが湧くかも知れないから、君も気をつけた方がいいかもしれない」
「それは、それは。でも、仕事柄、あんまり外には出ませんから。大丈夫ですよ。
さっきは、殴られそうになって、ウイリアムさんに助けて貰いましたが、もし殴られれば、非常警報が鳴る仕組みになっているんですよ、ココ。だから、とりあえず、ここにいる分には大丈夫だと思います」
「いや、殴られてから鳴ってもなあ」
「ああ、それとこの魔方陣の護符も身につけていますし」
マリアが服の下からネックレスを引っ張り出した。そのペンダントトップはドッグタグのようになっている。これは図書館の館員証になっていて名前などが表面に刻まれている。その裏面には護身の魔方陣が描かれていた。図書館からの支給品だという。
カーディフ卿がもし彼女を殴っていたら、この護符の力で弾き飛ばされていただろう。ウイリアム卿が助けたのは、もしかしたらマリアではなくて、カーディフ卿だったかもしれない。
「図書館でこの護身用の魔方陣の基盤を購入したそうです。だから、館員はみんな身の安全を保持されているんです」
「そうか、ならとりあえずは大丈夫か。でも気をつけた方が良い」
ウイリアムは、何故かちょっと照れたようなそぶりで、顔をそらした。
実は、その護身の魔方陣を作り、特許登録したのはウイリアムだった。ペンダントトップに描けるぐらいに小さな護身用の魔方陣を開発したのは、女性や子供が身につけやすいようにするためだった。
自分の魔方陣を利用して貰っていることが、口にはしなかったものの、ちょっと誇らしくもあり、恥ずかしくもあった。
「ああ、それでも帰宅する時とかも注意した方が良いぞ。護身の魔方陣だって万能ではない」
「あ、それも問題ないです。この階の奥に宿泊室があって、基本は此処で生活していますし。館内では、食堂もあるし、販売店も充実しているし、殆ど外出しなくても生活できるんで。図書館内のセキュリティは万全ですよ」
ドヤ顔でマリアは言う。
マリアやシンンディが配属されてから、3年が経っている。この3年間で、マリアが外に出たのは、数えるほどだ。シンディには、引き籠もりと言われている。
「なんと、羨ましい」
ウイリアムは身悶えた。魔術の研究が仕事でもあり、趣味でもある彼だが、魔法書や魔術書を読むことは、至福の時でもあるのだ。
「それは、その宿泊施設は、外部からも利用できるのだろうか? 閲覧する本が多い時に、泊まり込みで利用できないだろうか」
「無理ですね。ここは、写本係専用ですから」
大いに残念がったウイリアムだった。
「でも、不思議ですね。私はここに来てまだ3年ですよ。前に居た人の方が遙かに長いでしょう。その人を訪ねた方が余っ程有意義だと思うのですけど」
ウイリアムは少し躊躇っていたが、
「それが、前にこの地下書庫で働いていたディルク氏は、図書館の仕事を辞めて辺境の村に行った事になっている。だが、その辺境の村には、彼は居なかったという話だ。現在、彼は行方が判っていない」
「その前の人は」
「その前のバーバラ氏は、既に死亡している。彼女は別の国に渡っていた。年齢的に見ても寿命だろう」
「そうですか」
現在、写本係はマリアしかいないのだ。
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地上階に上がったカーディフ卿は、腹の虫が治まらなかった。あの小生意気な小娘に一泡吹かせなければ、気が済まなかった。
そこで、そのままアポイントも取らずに館長室までやって来ていた。
「館長、地下書庫のあの娘を辞めさせたまえ。地下書庫の本について質問をしたが、本の案内なぞ全くできなかったぞ。
あんな無能では無くもっと有能な者を雇い給え。私が推挙しよう」
カーディフ卿は、館長室に入りマリアの罷免を要求していた。よほど先程のことが、腹に据えかねていた。
「それは、できかねます。写本係は人ではなく、地下書庫の本が選ぶのですから。それがこの館の慣わしです」
激昂したカーディフ卿に対して、館長は落ち着きを払っていた。
「今、あなたの言い分を通して彼女をクビにしたら、地下書庫は図書館員ですら出入り禁止になってしまいます」
「あの小娘もそんな話をしていたが、本が選ぶとかそんな馬鹿なことがあるわけないだろう。一体どのような魔法を使っている! 」
「そんな馬鹿なことがあるのです。個人的な魔法とか、そういうものではありません。あの場所は、そういう場所なのです。お伽噺のようなものではなく、現実的にそうなのです」
そんな館長を睨みつけながらも、
(であるならば、やはりあの噂も決して根も葉もない事ではないのかもしれん。地下書庫にあるモノを、なんとしても手に入れたい)
王立図書館は、世界樹が守護している。世界樹の守護を望むならば、王立図書館を手に入れれば良い。王立図書館を手に入れる鍵は、地下書庫であるとも。いつの頃からか、囁かれている噂だ。
だから前回写本係の公募には、貴族の子弟の多くが挙って応募していた。
写本係の定年が近くなった時分の事だ。無知の方が良いと思い込んで、該当年齢にあたりそうな子供に、文字は美しく書けるように教えるものの、教育を施さない親もいたぐらいだ。落ちたその子の末路は悲惨なものだが。
しかし、地位も名誉も金も、この仕事を得るのに役には立たない。唯一の選考基準が、地下書庫に気に入られる文字が書けることだからだ。
地下書庫に気に入られた写本係が決まった後に、それを取り込もうとする動きもあったが、皆失敗している。殆ど本人が図書館の外で活動することがないため、捉まえようがないのだ。また、マリアには類縁が無かった。
「お引取り下さい」
「今日の対応を覚えておけ。必ず後悔させてやる」
後日、カーディフ卿が再び王立図書館を訪れたが、建物に入ることすら出来なかったという。
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次回更新予定は10月9日です。
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