第14話 オリヴァ ウイリアムの独り言

「さよなら、貴方と別れられてせいせいしたわ」

彼女のこちらを見下したような顔、唇がそう動く。



夜中に、目が覚めた。


久々に、あの時の夢を見た。

ここしばらくは、見ていなかったのに。

もう、昔のことだと思っても。忘れたいと願っても。

あの頃は、自分がこんな所にいるなんて思いもしなかった。


昔の自分。

学生時代、王太子殿下と同期で、御学友として控えていた。将来の側近候補と言われていた。今は記録は廃棄されているが、首席として卒業した。未来は明るいと信じていた。


彼女は、親の決めた婚約者だった。大切にしていたつもりだったが、彼女には不十分だったのだろうか。何が足りなかったのか、今でも判らない。



卒業式の翌日に捕縛されたのは、王太子の卒業式を穢されたくなかったからだろうな。告げられたのは、俺の罪状だった。


婚約者への暴力、何人もの学友への恐喝、暴行という断罪。彼等の家の家宝を持ってこさせ、勝手に売却したというのもあったな。

全く覚えのない罪状を読み上げられた。

俺の言い分は、一切聞き入れられなかった。


婚約は解消され、側近の話もきえた。それでいて、内々の示談という形にはなったので、魔法の才能を買われて魔法省所属となったが。その実、飼い殺しだ。

俺の罪は、公然の秘密となったのだ。


家族には信じてもらえたのは、嬉しかった。

だからこそ、絶縁した。このままだと家の迷惑になる。母は泣いていた。弟が家督を継ぐので、問題はない。


彼も信じてくれていた。しかし、卒業すぐに隣国への外遊が組み込まれていたため、知ったのは戻ってきてからだった。全てが終わった後だったため、どうすることもできなかったようだ。


 魔法省に配属されたのは、この国から俺が出奔することを恐れられただけだろう。

学生時代とはいえ、多くの魔方陣の特許を取っている。特許では、登録した魔方陣に作成した本人の魔力が籠められる。


こればかりは、取り上げる事はできないからな。国外に、この利権を掻っ攫わられるようで、オレが逃げるのは嫌なのだろう。


 今の生活には慣れた。

それなりに楽しくはある。各部署から挙げられるデータの解析、必要な資料の下読み、そこからの新たな魔方陣の提案、など。


渡されるデータ内容が多岐にわたるので、視野が広がった。軍務省の今回の実験についても、色々とデータ解析が回ってきている。


情報が俺に筒抜けになっているのにな。それぐらい、どうにでもなる存在だと思われているのだろう。


アチラコチラに、俺の名前が絡んでいる。俺の痕跡を消す方法など、やりようはいくらでもあるだろうに。杜撰だよなと思うが、こちらには都合がいい。

それを手がかりにして、様々な情報を手に入れられる。


図書館の写しや写本は、私費で購入しているものも多い。これらは、情報が漏れないようにしている。彼等は、すべて俺の情報を握っていると思っているようだ。そう思われている方が、都合が良い。


「第二王国の魔物溢れ、図書館の魔法師」

歴史に埋もれている存在だと、父は言っていた。碧色の印章がある外衣と黄金の杖は、図書館の魔法師のものだったのか。碧の魔法師と聞いていたが。


求めるモノが見えてきた。



 図書館から届けられた写しの中に、頼んでいない魔方陣2枚の写しがあった。あの絵本にも描かれている魔方陣と同じものだ。引用元も書かれていた。魔物除けの魔方陣が記載されていた本があったとは。


『生活の知恵 魔方陣 1』、こんな本があったのか。これは一度、きちんと読んでみたい本だと思った。

忘れられた魔方陣がまだあるのだろう。何か、気が抜けるような題名だが。


生活習慣が変われば、使う道具なども代わる。そうやって、忘れられたものを見直すことで、新しい発見があるというのは、良くあることだ。


いつもながら、マリアは文句のつけようがない仕事ぶりだ。こちらが思っている以上の動きをする。


裏書きはあるものの、魔方陣だけだとマリアの魔力の色がはっきりと分かる。それもひとつの発見だった。魔力は一人一人違う。その魔力痕で、誰のものかわかるほどだ。


大抵は数日もすれば薄れてしまい、誰のものか分からなくなるが、こうした魔方陣など魔力を保ち続けるものは、質が良いものほど長持ちする。


この魔力、どこかで見た気がする。きっと写しかなんかだろう。


今までお願いしている写本や写しにも、いくつも魔方陣がある。今まで気にもとめていなかった。


昨日、写しと一緒に受け取ってしまった箱を開けてみる。クッキーとマドレーヌが入っていた。どこの店のだろう。一口食べてみて、分った。


彼女のものだ。先日、彼女の祖母から話を伺った時にも、ご馳走になった。


お茶の支度をマリアと彼女がするために、席を立った時に、

「シンディはお菓子を作るのが好きでね。いつも持ってきてくれるの」

そう聞いた。


マリアが、お菓子の作り主を教えてくれないのは、自分の大事な人に俺みたいな者を近づけたくないからなんだな、と思った。


傍で見ていても、彼女のことが大事なんだと思う。マリアはぶっきらぼうすぎて、上手く相手に伝えられているとは、思えないが。いや、彼女のような繊細な人ならば、伝わっているかな。


安心しろ、マリア。

俺は女はもう懲り懲りだ。魔法とお菓子、それだけあれば良いんだ。本当だよ。お菓子を気に入っただけで、それ以上ではないんだ。


紅茶をいれ、クッキーを一つずつ丁寧に食べる。なんとなく、ホッコリするような彼女の笑顔が浮かんだ。




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次回更新予定は10月29日です。

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