第13話 お使い
ウイリアムが図書館に来るのは、一週間に3~4回になっていた。地下書庫の原本を読みに来るときは、長く滞在するが殆どは閲覧室にいる。それ以外の時は、大体お茶の時間に来て1時間ほどで帰って行く。その1時間の会話の多くは、魔法とお菓子の話だ。マリアはどんな話にもそれなりに対応できるので、楽しいらしい。それにシンディのお菓子もある。稀にシンディと一緒のお茶になるときもある。
「この前のクローバー君の祖母の話に出てきた、大陸歴2485年、第二王国での魔獣の溢れの記録に関する本というのはあるのかな」
「クローバー君? ああ、シンディのお祖母さんのことか。幾つかの歴史書に書かれてる。内容はみな同じようなものだけど」
「そこには、図書館の人の話は無いのか? 」
「うーん。読んだ覚えはないです。でも、あの後、思い出した事が。あの事と結びつけて考えてもいいのか、わからないけど。同じような事を書いた絵本がありました」
「この地下書庫に、かい」
「そうです」
「閲覧は可能か」
「申請いただければ」
ウイリアムは歴史書とその絵本の申請をし、翌々日それらを読みに来た。歴史書には、マリアがあらかじめ付箋をつけてくれていた。絵本の名前は『図書館の魔法士』という古い本だった。発行した出版社は知らない名前だ。
その本に書かれていたのは、図書館で修行している魔法士の少年の話だった。
その少年は図書館の主といわれる師匠に、本のインクの材料として魔獣の毛と爪を採ってくるというお使いを頼まれる。そのお使いをするために、少年は師匠から、魔獣を温和しくさせるという大いなる樹の枝を授かる。
少年が出かけた先では、魔物溢れが起きており、彼は授かった枝で魔獣達を森に帰した。それから、魔獣の毛と爪を手に入れておつかいを終えた、という内容だった。
「この少年が身につけている外衣を見て下さい。背中に図書館の印章があります」
絵本で描かれている少年の後ろ姿には、背中に図書館の碧色の印章が描かれている。
「少年が図書館から来たという証なんでしょう。でも、こんな制服は図書館にはありません」
「この本を、真っ先に全部写してくれないか。どのくらいかかるだろうか。歴史書とこの本に関する費用は、私費で請求してくれ。個人的なモノだからな。
それから、聞きたいんだが……」
「まず、インクの材料ですが。この本にあるように魔獣の毛や爪なんて使っていません。それから、黄金の枝なんて、この書庫にはありませんよ。
それにここは第七王国です。第二王国では、ないです。この話が第二王国のものかどうかは分かりませんが。
勿論、図書館で修行している魔法士、なんてのもいません。これはあくまでも、絵本の中の話です。
特急ですね。この本だけなら期間は、1日ください」
翌々日、ウイリアムは現れなかった。それから、しばらくウイリアムの訪れはなかった。
書類を届けに来たシンディに、少し困った顔でマリアがお願いしてきた。
「シンディ、頼みがあるんだけど」
そう言って、書類袋と可愛い袋を示した。
「これをウイリアムさんのところへ届けて欲しい。この前来てから随分立つけど、全く来なくなって。急いでるって言ってたんだけど。
自分が行ければ良いんだけれど、急ぎの写本が入って行けそうもないんだ。勿論、無理にとは言わないけど」
「え、他の人が行きたいんじゃないのかしら」
「それが、何人かにお願いしたんだけど、皆に断られた。上にまで行ったのに」
マリアは、ちょっと困ったような、いじけたような表情をしている。
「それから悪いんだけど、この袋の中、シンディから貰ったクッキーとマドレーヌなんだ。少し分けてあげてもいいかな。忙しいなら、甘味不足になってると思うんだ」
構わないわと、シンディは笑って引き受けてくれた。
魔法省でウイリアムの部屋を聞き、訪れたそこは資料室だった。
ノックをして、応じて出てきたウイリアムにシンディはちょっと驚いた。いつもきちんとした格好でいるのに、今日はよれた服にくたびれて冴えない表情だったからだ。
でも、それ以上に驚いたのは彼の方だった。シンディを見ると驚いて、呆気にとられていた。
少し、間をおいて目の前に差し出された封筒を見て、
「ああ、写しか。ワザワザ持ってきてくれたんだ。ありがとう。ちょっと色々と立て込んじゃって、取りに行けなかったんだ。助かったよ」
書類袋と一緒に可愛らしい袋も渡された。
「これは、マリアからです」
シンディがそう告げた時、後ろから声をかけられた。
「なんだ、ウイリアム。お安くないな」
パリッと制服を着こなしたその男は、
「お嬢さん、やめときな。こんな落ちこぼれ」
「アーヴィン、彼女は図書館の使いだ。頼んでおいた写しを届けてくれただけだ。
余計な事で軍務省に呼ばれてたからな」
「ありがとう。マリアにそう伝えておいてくれ」
アーヴィンという男を見た途端、表情を無くし、ぶっきらぼうにそう言って書類袋を預かると、サッサとドアを締めてしまった。
「な、愛想のないやつだろ。あいつじゃ出世は見込めないぜ。それよりも、俺とお茶でもしない。こう見えても第一課なんだ。興味があれば色々と案内してあげるよ」
「私は、頼まれた書類を届けに来ただけですので。仕事がありますから、失礼します」
アーヴィンは去ろうとするシンディを触れようとしたが、バシッと何かに弾かれた。魔方陣が、彼の下心に反応したのだろうか。シンディは難なく魔法省を後にした。
帰りしなシンディは考えていた。そう言えば、いつからだろう。図書館の女子職員たちがウイリアムさんの噂をしなくなったのは。スイーツフェアで甘党だと知っても、皆気にしていなかった。それなのに。
「シンディ、どうしたの」
「ラフレシアさん」
図書館に帰って来て、ラフレシアに声をかけられた。
「そう。あのね、ここ数ヶ月ぐらいかしら。ウイリアムさんがうだつの上がらない資料室所属だって話が広がって、皆手を引いたのよ。学院を首席で卒業したという話は有名だったから、まさかそんな部署にいるなんて思ってなかったみたい。
彼がどうしてそうなったのか、その辺りの話も噂で聞いたみたいで」
シンディの話を聞いて、ラフレシアは苦笑いをした。
「ラフレシアさんもですか」
「私は、その前に脈が無いのがわかったから手を引いたの。スイーツフェアの時に、ね。でも、頼まれればお使いぐらいしたのに。マリアも私に言ってくれても良かったのに、そしたら息抜きできたのにな」
ちょっと巫山戯て、そんな風に言ってくれた。
「そうですね」
「で、貴方は? 」
「え、」
「貴方は、どうするの」
「私は、別にどうするとかないです」
「ふーん、そうなの」
シンディはマリアに届けたことを報告するために、地下書庫へと向かった。
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次回更新予定は10月27日です。
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