第15話 魔方陣の効き目

 その日の朝は、シャディは少しぼんやりしていた。

「どっか、具合でも悪い? 」

「ううん、大丈夫だよ」

そう言って、新聞に目を通した。


「王太子殿下が、魔獣の実験の視察に行くんですって」

「あれって、王太子の仕事だったの」

「いいえ、軍務省の管轄だから王弟殿下だと思うけど……」


「どうかしたの? 」

「おばあちゃんの話が気になって。ちょっと間違うと、魔物溢れになりかねないなって、心配になったの」

「そうだね」

ふうっとシャディは溜息をついた。



それから数日した、朝食の時のこと。

シンディはやはり浮かない顔をしていた。

「今度の実験の視察に選ばれた場所の近くに親戚が住んでるの。

叔父さんの家は牧場を営んでるのよ。あんな話を聞いた後だから、ちょっと心配で。

連絡してみたの」


周囲の村や町に、万が一を想定して魔方陣が配られたそうだ。当日使うようにと。

軍務省で新たに作られた魔獣よけのものだという。

その話を聞いて、余計に心配になったそうだが、祖母から聞いた話はできなかった。


「あー、先日ね。あの話を聞いて調べたんだ」

マリアは一枚の魔方陣をシンディに見せた。

「昔使われていた魔方陣集の中にコレがあった」

もし、不安ならこの魔方陣も送ってみたらどうかと、提案した。


「ありがとう、マリア。そうしてみる」

シンディは魔方陣を受け取ると、嬉しそうにそう言った。

魔方陣の範囲や使い方などを書いた説明書も付けた。

「なにもないと良いね」




 それは、王太子視察の時に起こった。魔獣封じの魔方陣に不良品が混ざっており、一部で魔獣や獣が狂暴化した騒ぎが起きた。

幸い、王太子一行は、魔方陣を使うことで、事故からは逃れられたという。


王太子一行が事故から逃れられた事で、軍務省で新たに開発した魔方陣は、確かに魔獣避けになることが実証された。

だが、それをきちんと制作できなかった事から、今回の騒ぎになったと結論づけられた。

そこで、担当部署の責任者は減給となり、実際に作成していた人物は解雇処分となった。


彼らは魔方陣の制作関係では、どこにも雇用はしてもらえないだろう。

事故は防げたので、処分はこのくらいが妥当だろうということとなった。




「マリアのおかげよ。叔父の牧場は、あの事故の近くだったの。でも教えてもらったように、あの魔方陣を中心として、牧場全体に結界を張っておいたんですって。

おかげで何も被害が無かったって、感謝されたわ。乳製品とか御礼の品を送ってくれるって。

でもマリアは調理とかしないでしょう。私が作ってお昼のご飯とか、オヤツにして持ってくるから! 」

そんな事がなくても、いつも焼菓子などを持ってきてくれるシンディだが。


後から聞いた話だと、軍務省から牧場に配布された魔方陣にも、不良品が混ざっていたらしい。

そのまま使ってたら、エライことになっていたかもしれないそうだ。


叔父はシンディから送られた魔方陣を見て、配布された魔方陣をよくよく見直してみたそうだ。すると配布されたものの中から、少し違ったものが混ざっていったのが分かったのだという。


シンディの話も聞いた後だったので、図書館の魔方陣を信用し、配布された魔方陣は使わなかったらしい。牧場全体を覆う結界の方が魔獣除けよりも良いと思ったからだという。

もし、知らずに魔獣よけの魔方陣を当日使っていたら、牧場に放牧していた牛などが暴れて、最悪の場合、王太子一行になにかあったかもしれなかったと、本当に感謝しているという。


マリアは、その牧場で使わなかった魔方陣を問題がなければ、譲って欲しいとお願いした。叔父の家では、使わなかった事は公表していなかったし、やたらに処分できない事もあり、送ってくれた。

マリアはそのお礼として、牧場で役に立ちそうな魔方陣を、いくつか送った。



その日のお茶の時間にウイリアムが現れた。

「ヘー、ウイリアムさんはすごいですね」

『生活の知恵 魔方陣 1』の魔方陣だけをいくつか抜書きした用紙を見ながら、マリアは感嘆した。


「この本の魔方陣だけとはいえ、原本から書き写せる人は、滅多にいません。一回は写本を通さないと、難しいんですよ。写本のほうが、ほんの少し、含まれている魔力が弱まるそうで、書きやすくなるんだそうです。大したもんです」


あれから、ウイリアムが復活して、また週に2から3回、通ってきている。殆どお茶をしなくなったが、今日は試しに書き写してみた魔方陣を、マリアにチェックしてもらいに来ていた。


「ウイリアムさんも、ここの本に好かれているんでしょうね」

「そうだと、嬉しいな。でも文字は駄目だな。機能のメモぐらいは取れるが、文そのものはサッパリだ」


「えー、これ以上ウイリアムさんができちゃったら、私が要らなくなっちゃうじゃないですか。それは困ります」


「良いじゃないか。労力が二倍になって。そうしたら、私もここで雇ってもらえて、宿泊施設を使える」

二人して、そんな話をしながら笑いあった。


「これ、新たな魔方陣の見直しとして登録しようと思う」

「そういうことができるんですか」

「ああ、再発見というやつでな。忘れられた魔方陣の見直しだ。登録すると、入手し易くなるんだ」


「それは、喜ばれるかもしれませんね。これに乗っている虫除けとか、牧草を長持ちさせるとかいった魔方陣をシンディの親戚の牧場に送ったら、すごく喜ばれました。

もし登録するなら、牧場に送った魔方陣も一緒に登録して下さい。

勿論、ウイリアムさん名義で。そうすると、牧場も今後、手に入れやすくなるのでしょう」


それから魔獣よけに使った魔方陣も取り出して、

「あとこれも。この魔方陣は、獣避けになるんで使い続けているらしいです。だから、獣避けにってことで。

魔獣避けは軍務省が登録しているんですよね。あれとは違うでしょう」


マリアは、シンディの親戚の牧場の件を話した。王太子一行にもしかしたら、牛が飛びかかったかもしれないことも。

「護衛の人たちの腕はいいでしょうから、そうなったら、その晩は焼肉パーティーかもしれませんが」

茶化してそう言ったマリア受け、


「そうだな」

実際そうなったら、その牧場関係者は処罰されただろう。そう思うとウイリアムは苦笑いをするしかなかった。




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次回更新予定は10月31日です。

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