第4話 地下書庫、関係者以外立入禁止 1
しばらくして、またあのカーディフ卿がやって来た。
「先日の続きだが、この図書館の由来や歴史に関する本はないか? できれば建国時の事が詳しいものが良い」
「そうですね。上の階にある『王立図書館100年史』が最も詳しいかと。まずはそこからお勧めします」
「この地下書庫と我が国の建国当時を絡めたようなものが、この地下書庫に無いのかと聞いているのだ。この場所の謂れなどを示すものだ。
本でなくとも構わない。なんらかの遺物が此処にあるのではないのか」
「先日も言いましたが、この地下書庫にはこの図書館の歴史について書かれた本はございません。それにここは書庫です。本以外はありません。そういう遺物の類いは博物館の所蔵になるかと思います」
「そんな事は、無いだろう。貴様、私を謀っているのか」
「そう言われても。何をお求めなのか私には判断しかねます」
「この役立たずが。私が自分で探す。歴史関係の書棚までまずは案内しろ」
「申し訳ありません。閉架書庫になりますので、関係者以外は立入禁止になります」
マリアの慇懃無礼な態度に痺れを切らしたのか、
「私を誰だと思っている! 」
そう怒鳴り散らし、部屋を出て勝手に書庫へ入ろうとしたのだが。
彼は随分と粘ったが、書庫にはどうやっても入れなかった。何か壁に阻まれているようで、一歩も先に進めない。
部外者は本当に、地下書庫の入り口付近にある写本室と閲覧室ぐらいしか入ることができないのだ。後ろに着いていったマリアは思わずため息が出た。
そう、受付を通し行き方さえ覚えれば、地下書庫に入れる。マリアが写本室に詰めていれば、誰にも見咎められずに書庫に入れるように思われるかも知れないが、ここから先、本当に入れないのだ。
蛇足ではあるが、図書館で勤める者となれば、この地下書庫に入り、本を直接閲覧出来る者が多数だ。確かに写しはできないが、読むことは可能なため、時間のあるときはマリアに一声掛けて、中で本を読んでいる者もいる。覚え書きを取る分には、全く問題は無い。
今まで、この地下書庫について様々な本が存在するが、それはすべてこうした図書館員によって書かれたモノだ。
「お前が何かしているのだろう!」
「私は何もしていません。書庫の本が貴方の侵入を拒んでいるためです。よほど本に好かれていない限り、図書館員以外は書庫に入室できません」
「本にそんな事が、できるわけがなかろう」
マリアの胸ぐらをつかみ、今にも殴りかからんとした時、
「カーディフ卿、何をされているのです。この地下書庫の本に嫌われますよ」
ウイリアムが、カーディフ卿の腕を掴んで止めた。
「此処の本は、人を選ぶのです。この図書館にいらしているのに、ご存じないのですか。図書館の逸話は幾らでも耳にしてるのでは。
彼女に何かあれば、貴方はこの地下書庫どころか王国立図書館にすら入れなくなりますよ。
それ以前に館員である女性に暴力を振るうのはいかがなモノか」
カーディフ卿は、忌々しげに二人を睨みつけて、出ていった。多分、あの男は二度と此処には入れないだろう、ウイリアムはそう感じた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いや、大事にならずに済んで良かったよ。しかし、軍務省のカーディフ卿が何故ここに何度も来てるんだろう」
「先日は、地下室の魔女について知りたいとか言ってました。今日は図書館の地下書庫とこの国の関わりについて知りたいとか。そうした本は地下にはありませんと答えたら、ああなりまして」
それを聞いたウイリアムは眉を潜めた。現在、城内で耳にした噂が頭を過ぎった。
「ウイリアムさん、何かお心あたりがお有りで」
彼女に見つめられると、何だか話しておいた方が良い気がしてきた。
「この図書館の縁起を知っているだろうか。初代国王が設立したという話だ。
王になる者だけが知る申し送りがあるのだ、という話がある。
その申し送りは初代国王からのもので、それが世界樹に関連しているとも言われている。本当の内容は、王以外には知らないんだが、そんな噂があるんだ。
初代の王は、この大陸の中央にある世界樹に至り、その力を借りて建国したのだと言われているだろう。それで、その申し送りには、世界樹へ至る道が示されているのだというもののだ。
それともう一つ、初代の王にその世界樹への道を指し示したのが、地下室の魔女だとも噂されている。この地下室の魔女については、城内ぐらいでしか耳にしたことがない」
この国がある大陸の中央には、確かに世界樹と呼ばれる樹木がそびえている。それがこの大陸の七つの国を支えていると、どの国でも伝えられている。
世界樹にいたる為には、森を経て樹海を抜けなければならない。だが、その森は昏く魔獣が住む場所でもあり、人の侵入を拒絶している。
樹海には魔獣よりも凶悪といわれる魔物が生息している。それでも森に挑む者はいたが、帰ってきた者はいない。
「世界樹の力を手にすれば、大陸の覇者になれると、馬鹿な妄想に取り憑かれている者たちもいるらしいと耳にしている。
その手掛かりがこの図書館にあるとも嘯かれている。馬鹿馬鹿しい」
「ふふっ、随分と夢を見ているのですね。世界樹なぞ人の手に負えるわけがないのに」
そう言ってふわっと笑った彼女が、一瞬幼い姿から老獪な女性の姿に視えて、ウイリアムはたじろいだ。だが、それは一瞬のことだった。
「ま、今日は助けていただきましたから、秘蔵の紅茶とマドレーヌを献呈いたしましょう。お時間は大丈夫でしょうか」
うふふっと笑うマリアは、いつものマリアだった。
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次回更新予定は10月6日です。
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