後日譚のマリア
凰 百花
第一章 第七王国 王国立図書館のマリア
第1話 地下書庫のマリア
第七王国の王国立図書館。地下へと至る階段を降りると、地下書庫の本を閲覧するための閲覧室が数カ所、それから写本室がある。その奥は、巨大な地下書庫となっている。
その地下書庫に声が響く。
「マリア、マリーア。どこに居るの」
いつもの写本室に居なかったので、シンディがマリアに呼びかけた。
「ほーい。シンディ、何の用」
奥の書庫から、声がする。しばらくすると、古めかしい書物を何冊か抱えたマリアが顔を出した。
「お、そんな処に居たのね」
「次の本を取りに行っていたんだ」
そう言って、上の方を指差す。この地下書庫は、広いだけでなく天井も高い。天井まである書棚の上部の本を取り出すために、梯子が設置してある。
上部から本を取り出してきたのか。
重そうな本を一人で五冊も抱えているマリアから、上の方から三冊をヒョイっと取り上げた。
「ちゃんと一人で持ってけるよ」
「何言ってんの。私のほうがお姉ちゃんで、力持ちですぅ〜」
ふざけて言うと、
「仕方がないね。持たしてあげよう。ありがとね」
そんな風なやり取りをしながら、二人で笑いあった。
「図書館の近所に新しい喫茶店が出来たのよ。そこのお菓子を買ってきた。美味しかったら、今度一緒にお茶しに行こう」
「成る程、サボりに来たと。では、お茶の時間にしよう」
二人は写本室に入り、壁際にある写本するための本を置く棚に、持っていた分厚い本を置いた。その横に設置されている写本台には、殆ど終わった本の写しと元の本が置いてある。
「いつみても、綺麗な字ね」
「それで、この仕事に採用されているからね」
写本室は会議室ぐらいの大きさはある。奥の方には書棚があり、様々なファイルが並べられている。部屋の中央には、打ち合わせなどにも使われるテーブルと椅子がある。本は写本台脇の本棚に並べた。それからテーブルの上を軽く片付けて、マリアはお茶の用意をし、シンディは持ってきたお菓子をお皿に並べる。
今日のお菓子は、クッキーとマドレーヌ。聞くと、マドレーヌがお店のもの、クッキーはシンディが焼いたという。
「マドレーヌだけじゃ、ちょっと寂しいかなって」
二人は同時期に採用された、いわゆる同期だ。それもあって仲良くなり、休憩時間などでこうして一緒にお茶を飲んだりしている。
採用時期は同じだが、仕事内容は全く違う。シンディは司書として働き、カウンターの受付や図書の整理など様々な図書館業務を行っている。彼女はこの図書館で勤めたくて、司書の資格をとったのだ。
一方のマリアは、資格も何もない。最低の教育しか受けていないという。その彼女がなぜここにいるのかというと、地下書庫の本を写本するためだ。愚直なまでに本を書き写す事が仕事だ。
この写本係の採用条件は、本が気に入る美しい文字である。その美しい文字をもって採用され、写本係として雇用されている。
シンディがこうして就業時間内に地下書庫にやってくるときは、地下書庫の図書貸し出しの相談が主だ。休み時間に息抜きに来ることもある。マリアにとって重要な事だが、いつだって彼女は美味しいお菓子とともに、現れる。
基本的に、この地下書庫に詰めているのは、マリア一人だ。この地下書庫関係の話はすべてマリアに一任されている。
なぜ、本を写本するだけ人間が、地下書庫の本について一任されているのか。それは、この書庫の風変わりな本達の性質の故である。
ここにある本は、複写ができない。規律で決まっているとかではなく、物理的に不可能なのだ。道具を使って写し取ることができない。写真、複写機、何を持ってしてもできなかった。
写しをとる方法は唯一つ、人の手によってのみ。そのため、写本をする仕事が成り立っている。
実に不思議なことだが、ここの本は自分の内容を書き写されるのに、自分達が気に入った美しい文字でないと許さない傾向がある。
写本は誰もが、出来なくもない。しかし、本が気に入らない文字で写本すると、直ぐにその文字は歪んで読めなくなったり、消えてしまったりするのだ。
そこで、代々写本係が募集される事となる。仕事は写本するだけなので、無学でも全く問題は無い。条件は本が気に入る文字を書けること、のみである。
図書館内では、写本係は別名『本のお気に入り』と呼ばれている。前に働いていた写本係が定年で退職し、久々に募集された。そこで、本に気に入られたのがマリアの文字ということになる。写本係はいつも一人だ。
「えっとね。忘れないうちに伝えとくね。明日、魔法省のウイリアムさんが、この前来た時の本の続きが読みたいそうなの。あと新しい本も。
書名については、申込書に書いてあるから。それで、指定した部分の写しが欲しいのだけど、マリアの都合はどうかって。あ、これ申し込み書類の写し」
渡された書類にざっと目を通す。
「うへぇ。結構な量だな。しばらくこちらへ通う気かな。要望があれば、閲覧室を何日か貸し切りにすることが可能だって伝えておいて。そうすれば、その度に出し入れしなくてこちらが楽だし。今は、全然混んでないから問題ないから。
あの人、写しの分量が多いんだよねえ。場合によっちゃ1冊全部だし。わざわざ前もって、そう言ってくるって事は、分量が多い上に急ぎかな。
でも、今取りかかっている本の写本は、今日中に終わりそうだし。他に急ぐ写本は無いから、大丈夫だと思うけど」
「えー、あたしだったら、多少面倒でもウイリアムさんと仕事ができるなら喜ぶな。あの美丈夫と一緒なんて、羨ましいぞ。眼福じゃない」
「いや、あちらは閲覧室で、こっちは写本室だから。見ないから」
マリアが写本をするのは、大きく分けて2つある。一つは、この地下書庫にある本の写本だ。
写本は上の階で配架され、貸し出しも可能になる。だから閲覧者が多い本の場合は、複数なされる場合もある。また、他の図書館からの写本購入希望もある。他の図書館の写本希望が多いと、そちらの仕事が優先される。
二つ目は地下書庫の本の閲覧者が希望した部分の写しだ。今回のウイルアムのように。この閲覧者の希望した部分の写しについては、他の図書館の写本が溜まっているときなどは、猶予があれば待っても来、急ぎの場合は断ったりすることもある。
美味しそうにマドレーヌを頬張るシンディを見ながら、明日からの無理難題を予想して
「眼福ねえ」
マリアは、彼の顔を思い出してちょっとだけうんざりしていた。
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