第2話 魔法士 ウイリアム

 第七王国、王国立図書館を大陸一とたらしめているのが、この地下書庫の本達だ。しかし、中々に気難しい本達でもある。その本に選ばれた者が写本係であり、他の館員に『本のお気に入り』と呼ばれる由縁だ。


写本係に選ばれる人は、大概が十代前半で、無学なものが多いと言われている。また、彼等は地下書庫の本に育てられるとも言われている。


様々な知識、魔術書にある魔法陣や呪文、そうしたモノを書き写すことにより、深い教養が育まれていくのだというのだ。だから、無学の者が好まれるのではないかとも。


マリアが写本係になって最初に覚えるように言われたのは、地下書庫にあるすべての本の把握だ。これは本に好かれているからか、あっという間に覚えた。


マリアも3年勤めた現在では、地下書庫に関しては把握しており、どのような本があるかなどのアドバイザーのような仕事もするようになった。


図書館員達の中には、自分たちのように技術や知識が無いのに地下書庫の本に選ばれた存在に、羨望と嫉妬、憧れが入り交じった複雑な思いをもっている者達もいる。


そのためか、マリアと同期や近い世代では、マリアを遠巻きに眺めている館員が多く、積極的に話しかけてくる者はそうはいなかった。それでも、ちょっとした出来事があって、今では距離が縮まっているのだが。


そのきっかけはシンディが作った。


シンディは、地下書庫の本達をあまり特別に考えてはいなかった。だから、最初からマリアとウマが合った。今では、マリアは年下ではあるが良い友人で、こうして偶に息抜きができる場所を提供してくれる。その位の認識だ。


 明日訪れるというウイリアムは、魔法省の中では理論派で堅実的だという噂だ。マリアの印象は、魔法以外に興味を持たない堅物で朴念仁、という処だろうか。


だが、その外見の良さと魔法省は高給取りなので、優良物件だ。周囲の女性はほっておかない。しかし、大概は取り付く島もない彼の態度に撃沈していく。


「まあ、あんなのに見初められたら大変だから、眼福とか言っているぐらいがいいよ」


余り興味がないようにマリアは言って、マドレーヌとお茶を楽しんだ。明日のことを考えるのは、止めにしたようだ。



 次の日、ウイリアムを案内してきたのはシンディではなかった。ウイリアムの時だけは、争奪戦になると言っていたなあと、マリアはボンヤリ思っていた。

そういえば、ウイリアムの案内でシンディが来たことは無い。


「マリアさん。ウイリアムさんがお着きよ。本の準備は、大丈夫かしら」

「はい。いつもの様に閲覧室に本は準備してあります。1号室になります」


「それから、複数日の使用申請書がこれになります。今回は1週間になるそうです」

「了解しました。手続きをしておきます」


本来なら、ウイリアムを読書室迄案内して終わるのだが、案内人を勝ち取った彼女、ラフレシアは、


「ウイリアムさん、宜しければ休憩時間に、写本室の打ち合わせスペースでお茶の用意をさせていただきますので、ご連絡ください」


「いらん」

ウイリアムはぶっきらぼうに答えた。


「そうですか。気が変わって一息つきたいと思われましたら、ご用命下さい。直ぐにご用意いたします」


ウイリアムにジロリと睨まれたが、笑顔で接しているラフレシアの姿に、マリアはちょっとだけ感動した。


(いい男を捕まえようとする女は、強いね)


「写本室の打ち合わせスペースでは、飲食できます。勿論、本は持ち込みできませんが」

マリアがそう言い添えた。


ウイリアムは息を吐くと、それ以上は言葉も無く指定された閲覧室へと入っていき、扉を締めた。


「マリア、ウイリアムさんが一段落して休憩を挟むときは、連絡を頂戴。上手く行ったらご飯を奢るわ」


ラフレシアはそう言付けて、上へ戻っていった。

(いや、あの人、休まないのよね。お昼すら食べないのよ)

そうは思ったが、口にはしなかった。 


この地下書庫にある本は全部が禁帯出となっている。ここの本を閲覧したい場合は、前もって申し込みをし、許可が必要だ。

許可が取れれば、この階にある閲覧室で朝10時から、午後3時まで閲覧することができる。図書館には食堂も設置されているが、ウイリアムが詰めているときに利用しているのを見たことは無い。


 地下書庫の本には、幾つもの逸話が残っている。写本係のマリアが閲覧室に持って行く分には何も問題がないが、この本を外へ持ち出すことは出来ない。


 かつて、ある人物がこの地下書庫にある本を隠れて外に持ち出そうとしたことがあった。

本は、この地下書庫から外へ持ち出された途端、崩れ去ったという。


この王立図書館には、多様な魔法陣が組まれている。その一つが、本の状態を維持するための結界が張られているというものだ。


表向きはその結界から外へ持ち出してしまったため、本が寿命を迎えたのだと言われている。しかし、地下書庫の本は自分を勝手に持ち出そうされて、自ら地下書庫に戻ったのではないかと皆は噂したという。


 因みにその本を持ち出した人物は、その後、大陸総ての図書館の立ち入りが禁止され、書物の購入も拒絶されたという。


人伝てに購入しようとしても、本がその人物の手元まで届かなかったらしい。本の呪いを受けたと噂されたという。


それ以後、誰も本を外に持ち出そうとはしていない。



 その日は珍しく、マリアが三時のお茶をしている時に、ウイリアムが写本室へ入ってきた。手には写しを依頼したい本を抱えている。


(やっぱり、急ぎがあるのか)

そう思いながらも、自分だけがお茶をするのも気が引けた。

「よろしかったら、一緒にお茶を如何ですか? クッキーもありますよ」


と声をかけてみた。クッキーは、昨日シンディにもらったものだ。


ウイリアムは器に盛られているクッキーをしばし見つめ、

「頂こう」


本を置いて、昨日シンディが座っていた椅子に腰掛けた。

マリアは新しくマグカップを出して紅茶を注いだ。2人に会話はない。


お茶を飲みながら、ウイリアムはクッキーを頬張っている。一つ、二つ、三つ、…。表情が微かに嬉しそうに見える。


(もしかして、甘党なのかな。シンディのクッキーは美味しいからな)

ウイリアムに全部食べられないように、マリアもクッキーを口にする。


そして、器の中のクッキーがなくなる頃には、三杯のお茶が飲み終わっていた。


ウイリアムは、恥ずかしかったのかも知れない。少し耳が赤みを帯びていたから。


「美味しいクッキーでしょう。なんか、このクッキーを食べると止まらなくなるんですよね」


(お腹すいていたのかな。朝からずっと籠もっていたからなあ)


マリアは、嬉しそうにそう言ったのは嫌味ではなく本心からだった。マリアもこのクッキーはお気に入りなのだ。

ウイリアムの顔が赤みを帯びた。


「本当に、美味しかった。どこの店のものだろうか、教えてもらえないか」


「これは、買ったモノじゃないんです。友人が作ったモノです」


それを聞いたウイリアムは少し残念そうに見えたので、今度また来るときに、クッキーをお願いしておくという約束をしてしまった。


ウイリアムが帰ってから、ラフレシアさんに言われたことを思い出した。

(失敗した、一食分とシンディのクッキー損した)



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次回更新は9月30日です。

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