第18話 写本係の試験
「では、写本係の為の試験を行なう」
今日は、王立図書館の月に一度の閉館日である。
現在、地下書庫にいるのは、四人だ。ミネルヴァと館長、見届人の図書館員二人。この臨時試験のためにこの場所にいた。
「君への試験課題は、一つだ。
この地下書庫で、最も古い本を持って来てくれたまえ」
「最も古い本、ですか」
「そうだ。この地下書庫で、探し給え。今日は休館日で、時間は十分ある。時間を気にせず調べてもらって構わない。我々は此処、読書室で待っている」
「はい、わかりました」
もうそれ以上、館長は何も言わない。ミネルヴァは、書庫に入っていった。
二時間後、彼女は一冊の本を抱えて戻ってきた。
結果は、不合格となった。
彼女の持ってきた本が、最も古い本ではないという判断だった。
そう言えば、あのすごい自信家の女性の姿を見かけなくなった。マリアが、そう思ったのは、あの日から随分経ってからだった。あの後は、一度もマリアの所へ来ることはなかった。
配属部署によっては、まったく会わない人もいる。だから、そうかもしれないとは思ったが、聞いてみることにした。なんとなく、気になったからだ。
「シンディ、そういえば中途採用の子って、どうなったの」
顔は覚えていたが、名前は綺麗サッパリ忘れていた。興味のないことに、脳細胞を使わないらしい。
「ああ、彼女、シギンさんね。
そう言えば、地下書庫の試験に落ちてから、地下書庫に近づかなくなってたものね。
今は、確か出向で出ていて、この図書館にはいないよ」
「出向? 」
「そう、新しくできるグリモワール図書館。あそこが人手が足りないから、貸してほしいって事になったらしいの」
「えー、あの人来てそんなに経ってないよね。優秀な人なんだね」
「そうね。仕事もよくできてたし。とても有能な人よ。
でも、地下書庫の試験の件があったから、出向させたんじゃないかって、噂もあるわ。しばらくは居にくいだろうって。試験前は、すごい意気込んでたから」
「ああ、気に病んでないといいけど。こればっかりは、ある意味実力とかそういうものじゃないからね」
「そうよね。くじに外れて残念でした、で割り切らないと。仕方ないもの」
(でも、彼女には無理かな。なんかすごく色々と言ってたからなあ。マリアの事も馬鹿にしてたし)
「でも、図書館内では、賭け事になっていたみたいよ。でも、大半の人はできない方に掛けて、成立しなかったとか」
「皆、ひどいな」
マリアは苦笑いした。
「だって、ワザワザ追加で試験するなんて、今まで無かったもの」
「それは、誰も言い出さなかったからじゃないのかな。試験をしたってことは、写本係は絶対に一人ではない、って事かもしれないね」
「そっか、地下書庫の本に気に入られれば、いいだけか」
「その判断基準はわからないけどね」
食堂での二人の会話は、周囲に聞こえていたらしい。
それから、時偶、閉館日に写本係の臨時試験が行われるようになった。図書館員限定だ。
だが、残念ながら合格者は出ていない。
地下書庫で最も古い本。実は、この課題は皆知っていた。マリアが試験を受けた時もそうだったし、その前もそうだったと伝えられている。
「マリアは答えを知ってたの」
シンディにかつて聞かれたことがある。どうして、正解がわかったのか。
「ううん、本が教えてくれた」
マリアはそう答えた。それで、図書館に勤めている者は納得してしまう。さもありなん、と。
だが、ミネルヴァは納得していなかった。
「何が、本が教えてくれた、よ」
彼女が提出した本は、予め目録から調べたもので、発行年が最も古いものだった。
「この本より、古い年代の本はここにはありません」
そう主張した彼女に
「古い、という言葉にも色々な意味がある」
館長は、冷たく言い放った。
本の発行年代が最も古い、この地下書庫所蔵歴が最も古い、それが同じとは限らない。
「私に、地下書庫で、仕事をさせないために、あんな事を言ってごまかしたんだわ」
ミネルヴァは、自分が試験に落ちたことが、認められなかった。
「ミネルヴァ シギンというのは、君か」
出向で訪れた図書館での作業中に、声をかけられた。
「はい。そうですが」
何処かで見かけた顔、それが誰だったかに気が付き、直ぐに最敬礼の形を取った。
「おや、私が誰だかわかったんだね。ここでは仕事を優先させてくれ。礼を取らなくても良い。直接、話をする許可もだそう」
一礼して、直ったミネルヴァは
「ありがとうございます。お声がけ頂き、恐縮です。
殿下、どのようなご用件でしょうか」
「ああ、そんなに固くならなくていい。君は飛び級で学院を出て、王立図書館に入ったという優秀な人物と聞いている。君とは色々と話をしてみたかったんだ」
「話とは、どのような事でしょうか」
「私は、この新設する図書館をより良いものとしていきたい。だから、君のような優秀な人間から見た図書館について、意見を聞いてみたいんだよ。
例えば、君が所属する王立図書館についてとかね。時間があれば、是非」
彼は、ミネルヴァを執務室へと招いた。
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次回更新予定は11月6日です。
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