第17話 ミネルヴァ シギン


 写本係の選び方は、いたってシンプルだ。まずは、第一試験として、文字を書いて提出して貰う。この中から次の段階に進めるものが選抜される。

次に一人で地下書庫に入り、言われた本を持ってくる。それだけだ。


本を持ってくる、簡単なようでいてなかなか難しい。最初に、地下書庫の入り口までしかいけない者もいる。そして、書庫に入れたとしても言われた本が見つかるとは限らない。人によっては本を引き出すことも出来ない。

その中で、たった一人だけがその本を持ってくることが出来る。


昔からそうやって写本係は、決められていた。




 図書館員は、司書の資格を持つ者から試験により採用される。今年、家庭の事情という事で一人欠員ができた。それで、中途採用で新たに入ってきた新人がいた。

王立学院を飛び級で卒業し、この中途採用で採用された才女だという。


彼女は研修期間の三ヶ月間で一通りの業務を経験した後に、所属先の決定を館長が告げようとすると

「私を、地下書庫に配属してください」

そう直訴した。

「それはない」

一言で、却下された。




「ねえ、シンディ、あの、さっきからなんでこっちの方をみてるのかな。あんな娘いたっけか? 」

朝の食堂で、マリアが新聞を読みながらご飯を食べているシンディに問いかけた。


「あ、彼女ね。中途採用の人よ。サウスさんが、辞められたでしょう。その後任。

何でも地下書庫勤務にしてくれって、館長に直訴したらしい。だからじゃないかな」

「そう言えば、そういう人、偶にいるね」


写本係になれなくとも、地下書庫に在籍できるのでは。そう思って図書館員になる人間が、毎年いる。

だが、地下書庫にいるのは写本係だけ。何より、地下書庫の本は地上階ですら持ち出せない。そのせいで、いつの間にかそうなったらしい。


かつて地下書庫から黙って本を持ち出された事件は、未だに尾を引いている。


昔は地上階で地下書庫の本を読むことが出来る部屋があったのだ。しかし、それは叶わなくなった。1階に地下書庫の本を閲覧する部屋が用意されていた頃は、地下書庫を出入りする図書館員もいた。写本係は写本だけをしていた。


だが、現在は、地下書庫での閲覧部屋のみになってしまったため、写本係が閲覧希望者に対応するようになった。そのため、地上階の図書館員は、閲覧希望者を案内するぐらいしか地下書庫との繋がりが無くなった。


 加えて、地下書庫の本の閲覧希望者は、現在さほどいない。多くの本では写本が済んで、地上階にあるからだろう。


ただ、残念ながら写本であっても写しができない事は変わらず、地上階にある写本の写しを請け負うことも多々ある。写本係の仕事は絶えない。


写本の一部を写したものについては、値段が何段階かあって選択できる。地上階にある写本の写しは、特別の本でないものを除けば、大概の者は最安値を選択している。


ウイリアムが読んでいるのは、どうしても原本でなければ意味がない本か、まだ写本が完了されていないものが多い。


本によっては、特に魔法関係は原本を読むことで理解できるものがある。それに気がついた者だけが、原本を読みに来ているのかもしれない。



地下書庫に配属を望む者には、様々ある。

一つ目は、先日の話のような秘密を手にしたいものだ。

二つ目は、ある種のステータスだ。特別な場所で仕事をしているという。

三つ目、これが一番温厚なものだろう。研究がしたいというのがある。


対象は様々だが、魔法省に入らずにこの地下書庫の魔法書や魔術書を手にしたいと思う者、この図書館について研究したい者などである。


研究をしたい者の場合は、地下書庫に配属されなかったとしても時間を見つけては地下書庫に通い、それなりの成果を挙げている。

地上階で扱っている図書館の歴史などは彼らが書いている。


ここにある書物は、この大陸の国々が成立する以前のものもあり、そこから類推して大陸史をまとめた研究書もある。カーディフ卿は、マリアの言葉を否定したが、本当に図書館の事を調べるならば、彼らが長い年月をかけ纏めた本から始めるのは、正しい事でもあった。



さて、食事中の二人は、すぐにそんな視線はどうでも良くなった。

「で、これが昨日言ってたパンナコッタ」

保冷の箱に入れられててる。


「うわーい、シンディ、大好き! コレ、今日のオヤツに食べる」

先日、マリアがパンナコッタを食べたことがないと知り、シンディがそれなら持ってこようという話になったのだ。


「食べたことのないお菓子って、ワクワクするね」

お菓子の入っている箱に頬擦りしそうな勢いだ。



 彼女が、地下書庫に訪れたのは、それからしばらくしてのことだ。

「私は、今回中途採用で使用されたミネルヴァ シギンと言います」

「はあ、写本係のマリアです。何の御用でしょう」


意を決した表情で、彼女は目一杯頭を下げて、懇願した。

「弟子にして下さい。雑用でも何でもします」

「無理です」


取り付く島もなかった。

「何故ですか」

「ここは、王立図書館の業務の一環です。で、私はこの仕事を始めて3年しか経ってないんです。弟子って変でしょう」

「でも、そうでもしないと。私は地下書庫で仕事が、したいんです」


「そうですか。そういう事は、館長に言ってください」

「言いましたが、駄目でした」

「じゃ、無理ですね。私に人事権とかそんなのはないです。お引取り下さい」


「何で、そんなに意地悪なんですか。私が、怖いんですか」

「へ、怖い? 」

マリアは彼女の言っている意味を理解しかねた。


「私に、写本係を取られるのが、怖いんでしょう。此処で私が仕事をすることで、自分が写本係から降ろされるかもしれないから。でも、もし、私が認められても、貴方を排斥したりしません。だから」


「言っている意味が判りません。地下書庫の写本係は、採用試験で決まるのです」


「だから、私が此処に来ることで、私が選ばれることもあるわけですよね。

私は、写本係選出の折、まだ学生で応募できませんでした。私が応募してたら、私だった可能性はありますよね」


(凄い自信だけど、根拠は何だろう)

マリアの中で好奇心が首をもたげた。

(それにこのままほっとくと、ずっと仕事の邪魔になりそうだしな)

写本も写しも、常に一人の時でしか出来ない。


「では、館長に申請して写本係になれるかどうか、試験をしてもらったらいかがでしょう」

と提案してみた。




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次回更新予定は11月4日です。

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