第19話 影が差す
『生活の知恵 魔方陣 全集』が、極一部で人気だ。古い本なので、今まで殆ど顧みられなかった本だ。
「なんで魔方陣の再登録、ウイリアムに勧めたん。なんで俺じゃないん」
ブラスターは、ウイリアムに魔方陣の再登録を、マリアが勧めたことでイジケていた。
「ブラスターさんより、ウイリアムさんの方が波風立たないでしょう」
「そういう問題じゃないんよ」
彼は文句を言いにきたみたいだが、手土産は持ってきていた。パンナコッタが美味しかったという話を聞いていたので、対抗してプリンアラモードを持ってきていた。
魔方陣の再登録について、ブラスター自身が本気でしたかったわけではない。彼にとっては、自分の仕事に使えるものがあるかどうか、それがチェックできればいいのだ。
自分が使うならば付与しやすい形に変える。だから、そのままの再登録されたものを使うことはないし、自分が再登録する意味を感じてはいない。それでも、マリアがウイリアムに勧めたのが気に入らなかった。
「マリアちゃんも、他の
やっかんで不貞腐れているだけだ。
そんなブラスターをほっといて、一人でプリンをご満悦で食べていたマリアだが、
「でもこの頃は、ウイリアムさんはモテてないらしいですよ。なんでも悪い噂が出回ってるそうで」
「えっ」
ブラスター顔つきが変わった。
「何だそれは」
「詳しい話は知らないですが、上辺じゃわからない暴力男だ、という噂を聞きましたね。でもそんな噂、前は無かったんですがね」
小さく舌打ちをし、小声で呟いた。
「この時期に、こんなとこまで」
冷めた声で彼は尋ねた。
「で、マリアちゃんはどう思った」
「ん、別にどうとも。噂は噂なんで」
「ウイリアムを信用してると」
「いいえ、噂とは本当のことばかりじゃないと認識しているだけです。
噂は事実もあるでしょう。でもそれ以外にも2つのパターンがあると思っています。元になった話に色々とくっついてるものと、何かそう思わせたいがために作り話をばらまくものと。
だから、そのまま鵜呑みにする事は、出来ないですね。証拠がないと」
ブラスターの表情を見て、ニヤリと笑い、
「成程。本当の事が大きくなったとか、捻じ曲げられたというパターンではないんですね。
そうですよね。あんなに優秀なのに、魔法省で飼い殺し、ですから」
「何故、そう思う……」
「魔法省で先鋭と言うなら、こんなに図書館に来ないでしょう。彼も自ら良い部署にいるなんて話はしていませんよ、今まで。
きっと、どこの部署かと聞いたら正直に答えるような人だと思います。
彼が選ぶ本は、魔法省で取り組まれている研究や仕事に関連しているものが中心です。しかも、一つの部署どころか、いくつもの部署の内容にまたがっています。
シンディが毎朝、新聞で今どんなことが研究されているかとか、話してくれるんです。そこから、判断している程度ですがね。
新聞って割と優秀なんです。どこでどんな研究がされているのか、その端緒がありますからね。
頼まれた資料だけを集めているだけの可能性もありますが、それにしては、随分と内容を理解し、把握しているんですよ。
話していれば、その聡明さはわかります。だから、飼い殺しだろうなと、想像されるんです。
ブラスターさんの挙動を見てると、正解、かな」
ブラスターは、降参したとでもいうように両手を上げて、苦笑いした。
「俺は、チョットぐらいは抜けてるような女の子の方が、可愛いと思う」
「そうですか。別に好みじゃなくていいです」
「ホント、つれないなあ」
「俺は、ウイリアムとは学院で同期だった。それなりに面識もあったんだ。王太子殿下とも同期で、彼はご学友というやつだった。
卒業式の時まで、ウイリアムは王太子殿下の側近になると思っていた」
ウイリアムが側近どころか、魔法省の資料室送りになっているのを知ったのは、随分後だったという。
調べたところ、彼が卒業後に軍務省に逮捕されたことが判った。この国の警察機構は軍務省の仕事だ。だが、記録を調べると逮捕はされているが裁判沙汰にはなっていない。
罪状は婚約者や同期、後輩への恐喝・暴行、金銭を巻き上げたという話だ。そんな話を学院内で聞いたことは無かった。彼は優秀だ。故に隠しきれたと噂されているが、本当だろうかと疑問に思った。そんな事をする人間ではないからだ。彼は、そんな単純な奴ではないと確信していたからだ。
ブラスター自身は、卒業後は魔法省に配属が決まっていたが、半年以上も、省内でウイリアムを見かけていなかった。だから、その話を聞いた時は、最初は冗談だと思ったぐらいだ。
その後、資料室でウイリアムとあって、絶句した。
そこで、自分の部署の上司に直訴した。あんな所にいていいやつではないと。
だが、所詮は新人の戯言と受け流されてしまい。それで、色々と内部を調べたという。その結果かどうかはわからないが、魔法省を退職する羽目になった。
「でも、俺、優秀なんで」
かつての職場ということで、色々と仕事を回して貰っているという。
「彼は、嵌められたと思うんですか」
「ああ、あいつはな、確かに魔方陣やなんかで有名なんだ。
魔法省の連中は、あいつを知識だけだと評価している。ま、僻みもあるんだろうさ。
あいつは、それだけだいうように振る舞っているから余計だ。
だけど、奴はそれだけじゃないんよ。攻撃魔法も格段だが、秀逸なのは防御。
これが鉄壁なん。彼が側にいて護衛すれば、どんな時でもどんな相手であっても守り抜けるぞ。
誰かが、王太子の側に置きたくなかったんだと思うん。
それとな、ウイリアムの婚約者、今は修道院にいるらしいんけど。
あー、ウイリアムは知らない話なんけど、まあ、あんま知られてないみたいだけど。彼女、王弟とつるんどったかもしれん」
「あらあら、怖い話ですね」
ブラスターは、一つ溜息を吐いた。
「ほんと、怖い話や。俺みたいなもんまで、みえるような話を書くなんてな。後が怖い。」
「貴方の情報収集能力も、なかなか怖いですね」
「まあ、商売柄な。色んな所と関わるから、それなりにな目端が効かんと、大変なん」
うさんくさく、ニッコリと笑う。
「他の国は動くんですか? 」
「怖いな、そのセリフ。マリアちゃんも相当な地獄耳やろ。まあ、とりあえずは、動かんだろうな。他の国の内情には干渉せんというのが、この大陸の国々の決め事だから。
ただ、限度を越えそうなら、わからんね」
「ブラスターさんの予想では、越えそうですか」
「嫌なことばかり聞くね。越えると思う。だが、越えられないとも思う」
ブラスターはフッと笑った。
「あいつらに都合良く、話が進むとは限らないのにな」
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次回更新予定は11月8日です。
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