第20話 魔方陣の色

 その日、ウイリアムが魔法省の図書室に行ったのは、ほんの気まぐれだった。


図書室の入り口に、廃棄本が積み重なっている。その中に『生活の知恵 魔方陣』全巻の写本があったのだ。この写本は、数代前の写本係によるもののようだ。かなり古い感じがしている。それ以外にも、魔方陣関係の古い本が、出ていた。


『ご自由にお持ち帰り下さい』という札が、掲げてある。


長い間、誰にも借りられることが無かった本は、不用品として稀にこうして処分される。新たに大量の本が、入荷したのだろうか。

図書室では、スペースにも限りがあるので、仕方がないことなのかもしれない。

加えて新しく来た司書は、割と簡単に古い写本を手放す印象がある。


ウイリアムは、これ幸いと『生活の知恵』を含めて多くの本を持って帰った。持っていくに際して、早速、再登録した荷物運びを使ってみた。


一定量までの荷物を纏めてパッキングして荷崩れを起こさないようにしてから、少し浮かせて移動させられるようにするものだ。中々使い勝手が良い。

(何で、使わなくなったんだろう)

昨今は、収納鞄が一般的になっている。そのためかもしれない。

でも、こうした急に荷物が増える時などには、便利だ。


「あんな古い本なんて、使い道ないだろうに」

何かあれば、彼をバカにしたい人々が、聞こえよがしに言っているが、彼は気にもとめない。その態度が、また周囲の嫌悪感を増すことになるのだが、なんとも思わなかった。


皆、知っているので手は出さない。実力行使に出れば、何をしてもからだ。今迄、それで痛い目を見た人間は多い。

ウイリアムからは、なんら手出しをしていない。ただ、彼の結界に阻まれているのに過ぎない。

しかも魔方陣を使ってのモノなので、彼自身が魔法を使った形跡は残らない。難癖のつけようがないのだ。大概相手の方は、身体強化などの魔法を使っていたりするので、魔法を展開していない彼が責を問われることはない。


口で罵るだけならば、安全だからだろう。この頃はそれくらいになった。だが、いくら忌々しげに睨みつけても、彼には毛ほども感じない。



『生活の知恵 魔方陣』は、一部の写しは既にお願いしてある。

「運が良かった」

もう少し修練してからのほうが、写本は良いものができると、マリアに言われていた。だから写本を頼むのは、数年は待とうと思っていたところだ。

「マリアには後で伝えとかないとな」

一部の魔方陣の再登録はしていたが、この写本があればもっと多くの魔方陣をゆっくり選別して、再登録できるだろう。



そもそも本などにある魔方陣は、そのことわりを理解し魔方陣を暗記できれば、誰でも描けるようになる。だが、多くの場合、自分の得意とする分野ではない種類に関しては、ことわりを理解するという所で挫折するらしい。

唯一の例外はブラスターのように、方陣を見ただけで直感的に理解できる能力を持った者たちだけだ。


そこで、一般的に魔方陣を使うために、媒体に魔方陣を写したものが販売されている。

最初に登録された魔方陣は、基盤に書き込まれる。この基盤がスタンプ台のように、魔方陣を媒体に写し込むのだ。

後は使う時、写し込んだ媒体に自分の魔力を流し込めばよい。写した媒体の耐久性によって使用回数は異なる。


一般的には、これらは魔法省とその関連施設から販売されている。魔方陣や魔導具を販売する魔法省直轄の売店があるのだ。登録した魔方陣の基盤は魔法省で保管され、媒体に写し込むための魔力を注ぐのは登録者が行なう。


本来、魔法陣への魔力供給もそれなりに支払われるはずだ。だが、ウイリアムが登録した魔方陣に限っては、職員なのでウイリアムには支払われない事になっている。

販売された魔方陣の収益の2割はウイリアムに支払われている。これは、契約上認められている事なので、違反すれば訴訟沙汰になりかねない。


この大陸にある7つの国が協定で結んでいる大陸国際法に違反するからだ。国の省庁レベルではこれを握りつぶせない。王族が絡んでも難しい。何よりも国際問題になり他国からは蔑まれるでだろう。


 魔方陣の基盤については、注入された魔力が尽きぬ限り、写すことが可能だ。魔力が、完全に切れる前ならば、込め直せるのは登録者のもののみだ。


魔力が完全に尽きた場合は、他者の魔力を注ぎ込むことが可能となる。だが、その者がその魔方陣の理をどれだけ理解しているかで、力の発揮度合いが違う。だから、効き目によって、要するに魔力の主によって値段が変わる場合もある。


特許を取得した魔方陣は、50年間はその理を秘匿できるので、50年間は、特許取得者のものしか存在しない。

再登録の場合は、理も公開されるため理解さえできていれば、元となる魔方陣の基盤は、誰でも創る事が可能だ。


再登録の魔方陣であっても、なかなか元となる魔方陣の基盤を作れない、空になった魔方陣に魔力を注げない人が多いことを、ウイリアムは不思議に思っていた。魔法省内でもこれを易々と出来る人間の方が少ない。


彼は、自分の作ったものだけでなく、今まで多くの種類の魔方陣の基盤を依頼されている。彼の作ったモノは上手く起動する魔法陣の基盤として人気だ。

彼にとっては特段難しいことではなかったので、他の人達が出来ない理由がわからなかった。


だが、マリアとの会話で納得がいった。作れないと言っている人達は、あまり力ある原本を呼んでいないからかもしれない。なぜならば、力ある原本を読むのもまた、魔力を要するからだ。だが、原本を読めば、その理解度は高い。それに、時間はかかるだろうが、読めないわけではない。それをしないから、楽な写本ばかりを読み、中途半端な理解しかしていないのではないだろうかと。


つらつらと、考えながらもらってきた本を読み勧めていくうちに、一つのことに、気がついた。

「これは、どういう事だろう」

少し考えて、彼は再び魔法省の図書室へと向かった。先ほど気になったことを確認するために。その後、王室図書館などにも足を運ぶことになる。




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次回更新予定は11月10日です。

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