第21話 見知らぬ記憶
「そういえばこの頃また、ウイリアムさんを見かけないね」
紅茶を飲みながら、シンディが口にした。
「おかげで、お菓子が減らないのが嬉しい」
差し入れのチーズケーキを頬張りながら、ちょっと嬉しそうなマリアだった。
彼が来るとお菓子の減りが確かに早いが、シンディが追加してくれるし、彼自身も持ってきてくれるので、本当はそれほど減ってはいないのだが。気分の問題なのだろう。
「多分、『生活の知恵 魔方陣』の再登録で忙しいんだよ、きっと。
古い本だから、今は忘れられてしまったものが沢山あるんだ。見直せば、今でも日常で使えるモノが割とあったんじゃないかな」
魔導具などが発達して、今では水は水道から出るし、連絡を取ろうとすれば、個人でも携帯できる通信器、電信機と呼ばれるものがある。だから、飲料水をコップ1杯だせる魔方陣や、伝書を届ける魔方陣などは忘れられてしまった。
だが、野外で活動するならば、或いは非常事態に陥ったならば、水を出す魔方陣があれば楽であろうし、電信器に不具があった場合や緊急の場合など、伝書を伝えられれば、便利だろう。
マリア自身もいくつか覚えた。
荷物を纏めて浮かして運ぶとか、割と便利だ。
「そういえば。ブラスターさんは、水を出す魔方陣をちょっと改良して、水筒に付与して売り出すって言ってたな。コップ1杯を水筒一杯にするって」
「あら、私も一つ欲しいかも」
「うん。私も欲しいから、できたらいくつか売ってくれって頼んでおいた」
「『生活の知恵』って、面白そうね。私も読んでみようかな」
「写本で良ければ、上にもあるよ。写本でもわかりやすいんじゃ無いかな。簡単な魔方陣が多いから。ここの本は上で読めないから、不便だよね」
「そうね。でも、仕方ないわ」
噂をすれば影という。
「ちわーす、あら、今日はまた可愛いお嬢さんもいるんだ」
ブラスターが入ってきた。
「今日は、何用でしょう」
「あ、近くに来たんで。本の予約とお届け物で〜す」
少し巫山戯て彼は鞄から箱を取り出した。
箱の中には、5つの水筒が入っていた。どれも可愛らしいデザインで、それぞれ色が違う。
「試作品ができたん。まだ売り物じゃ無いんでモニターになって欲しいんよ。試しに使ってみて。で、使い心地を教えてくれん? 」
「シンディも一つ、良いかな? 」
「おお、可愛いお嬢さんは、シンディちゃんて言うの。俺はブラスターっていうんよ、宜しくね。勿論可愛いお嬢さんは大歓迎。好きなの選んで」
シンディは薄紅色の水筒を選び、マリアは、青みがかった緑の色のものを選んだ。
「マリアは、その色が好きね」
「だって、図書館の印章の色だから」
嬉しそうに微笑んだ。
ブラスターは、仕事のついでに寄ったと言って少し話をして帰っていた。
「ねえ、マリア。私の両親は、仕事でずっと第一王国に行っているの。それでね、向こうに国籍を移すという話になったのよ。だから、祖母も第一王国へ行くことになったの」
「え、シンディも行っちゃうの」
マリアはものすごくショックを受けたような顔をした。
「いやねえ。私はこの仕事気に入っているのよ。それに既に家を出て、一人暮らししてるのに。じゃなかったら、一緒に朝ご飯を食堂で食べないでしょう。
そうじゃなくて、今度の長期休暇の時の話よ。同じ時に長期休暇をとって、一緒に第一王国へ遊びに行かないかっていうお誘いよ」
シンディがケラケラ笑って、そう続けた。
「去年もその前も、ずっと長期休暇取らずにマリアはここにいたんでしょう。
引き籠もりも良いけど、ちょっとした旅行に出てみるのも素敵じゃない? 第一王国は、近いし、定期便も出ているし。
両親のところへ泊まれば安くすむし。母が色々なところを案内してくれるって言ってくれてるの。良い事尽くめでしょう。
一緒に行きましょう。今から予約すれば、船代だって割引があるわ」
「なんだ。シンディが居なくなっちゃうのかと思った。焦った。
でも、旅行か。なんかそう聞くと楽しそうだね」
ちょっと間を置いて、戸惑ったようなマリアに、
「もう、お菓子の差し入れが無くなるから焦ったのかな。
大丈夫よ。私はここに居座るから。それじゃ、夏の予定を空けといてね。おばあさまも貴方が来ると聞けば、とても喜ぶと思うから」
シンディの祖母の所へは、あれから何度か彼女と会いに行っていた。
第一王国に行ったら、どこに行こうかという話になった。
そんな話をしているとお茶の時間が終わって、シンディは仕事に戻っていった。その後ろ姿を見送りながら。
彼女が居なくなるかも知れない、そう思った時に、幾つかの映像がフラッシュバックのように浮かび、蘇ってきた自分の知らない記憶の断片にマリアは戸惑っていた。
見知らぬ美丈夫。傷だらけの姿。老いたその姿。
腐った大地、小さな芽生え。
大きな、とても大きな木を二人して見下ろしている。
一体、何の記憶なのだろう。
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次回更新予定は11月12日です。
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