兄と弟

「ねえ、とうさま、あのお洋服は誰のお洋服なの」


普段は開かずの間として決して入れない、家の最奥の部屋。私は7歳の儀で、初めて父親とその部屋へ入った。


その部屋の奥に飾られている一着の外衣と一本の杖。掛けられてた外衣の背には碧色の印があった。杖は木の枝に似て金色に輝いている。

どちらも古びた印象は無い、美しい品物だ。


「あれは、この家の祖にあたる方の物だよ。碧の魔術士と呼ばれた方だ。私たちは、その人の血を引いているんだよ」

父は優しく教えてくれた。

「ご先祖様に、ご報告しようね。お前が7歳になったということを」


父親が行っていた儀式がどのようなものだったのか、あまり覚えていない。本のようなモノを持っていた気がする。そのぐらいだ。

私はずっとその外衣と、杖に見惚れていた。


儀式が終わったのだろう。父は私に、

「その杖を触ってご覧」

と告げた。

「いいの、触って」

ずっと触ってみたいと思ったが、そんなことを勝手にしてはいけないと我慢していたので、嬉しくなった。興奮してはしゃいでしまった。

そんな私に父は

「そっと触るだけだよ。勢いよく触ってはいけない」

そう窘めたぐらいだ。


後から聞いた話だが、代々の者は皆、触ろうと思っても弾かれてしまうのだそうだ。勢いよく掴もうとすれば、その反動が大きく、父はそれでひっくり返ってしまったらしい。だから、興奮する私を少しなだめたのだと言う。


私は、そっと杖に近づき、美しく黄金に光るそれに触れた。その途端、杖が七色に煌めいた。枝が伸び、その枝に幾枚かの宝石のような光沢をもつ葉がついた。

見惚れるほど美しい光景だった。だが、急に我に返ってみれば、なにか仕出かしてしまったのかと怖くなり、父にしがみついた。

自分がなにかとんでもないことをしたのだと思った。


私の手が離れると、杖は先程の光景を巻き戻すようにして元に戻った。


「何ということだ。お前が次の持ち主に選ばれた。この杖に恥じないように、生きなさい。今日からお前が、この杖と外衣の主だ。良かったな」

そう、父に言われた。その声は誇らしげであった。




 私が家宝を見た後に、弟は家宝について尋ねてきた。叔父から7歳になると家宝を見ることができると聞いたらしい。


どんなものなのか、どこにあるのか聞いてくるが、父は弟に見せないように私に言いつけていた。まだ7歳になっていなかったからだ。


だから、これは7歳になるまで見ることはできないのだと話をしていたのだが。一度だけあまりにも弟にせがまれて、奥の部屋の扉を開けたことがある。


「兄様は、そんなに僕に見せたくないの」

弟に泣かれて、どうすることも出来なかったからだ。


弟はその杖と外衣に見惚れていた。まるで魅了されたかのようだった。だが、弟が部屋に入ることは叶わなかった。


父に見つかり連れ戻されたからで、その後、部屋には施錠が確りとなされ、子供は入ることは出来なくなった。


弟が7歳になった時も、その扉が開かれることは無かった。

「もう、持ち主が決まったからだ」

父はそう言った。


家を継いだのは弟だったが、杖と外衣は、私の家にある。






私は、兄が嫌いだ。

家に伝わる家宝は、兄のものになったという。


優秀な成績を残し、王太子と生まれを同じくした事から、御学友として、側に控えていた。


将来はこのまま側近になるだろうという話も出ていた。

周囲は、兄と僕を比べて

「お兄さんが優秀だと弟は大変だね」

などと言う。


僕は僕、兄は兄だろう。そういう奴ほど、兄には遠く及ばない癖に。その鬱憤を弟の僕で晴らして何になるというのか。



兄の婚約者のマリアンヌさんから、

「協力して欲しい」

と言われた時は、嬉しかった。

彼女が色々と画策していて、それに協力した。


そのおかげで、僕が家督を継いだ。これで家宝は僕の物だと思ったんだ。普通はそうだろう。家宝とは家を継いだ物が受け継ぐはずだと。


あの美しい杖と外衣。これでやっと手に入れる事ができるとほくそ笑んだ。だが、家宝がどこにもなかった、無くなっていたのだ。


いつかみた奥の部屋には何も無かった。家を出た兄が持ち出した様子もなかったのに。父がどこかに隠したのだろうか。


両親は、隠居した。何故か第一王国へと行ってしまった。だが、どちらかといえば、両親がいなくなって僕は清々した。日頃から父には、


「碧の魔法士の血統を誇りにし、自分に恥じない行き方をしなさい」

と格好をつけて説教をされていて、うんざりしていたからだ。


碧の魔法士なんて歴史の中には登場しない。家で、その功績を聞かされたが、そんな話はないのだ。なにも業績がないから、勝手に創り出して、子孫に伝えているのではないのか、そう思っている。


家を継いだのは僕だ。何故、絶縁された兄に家宝が受け継がれるのか。おかしいじゃないか。


一度、人を使って兄の家で家宝を探させたが、見つからなかった。魔法省の寮住まいになっているが、殆ど帰っていないらしい。資料室に泊まり込んでいるという。

一体ドコに隠したんだ。あれは家を継いだ僕の物だ。


僕は、兄が嫌いだ。





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次回更新予定は11月26日です。

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