幕間
歪み
残念ながら、全ての出来事が歴史書として世に残るわけではない。いや、残らないことのほうが、遥かに多い。書物として残せないものもある。残しても廃棄されているものもある。
だから、人々は口伝を耳にし、伝えるのかもしれない。だからといって、伝え聞くものが、正しいわけでもない。
根拠のない話、かつての誤った知識や思い込み、そういったものが人の口の端に乗り、拡がる事もある。耳障りの良い言葉で飾られ、時代を経ても語り継がれてしまう。それを真と見間違う者もいる。
消したと思っても、いつの間にかポコリと泡が浮き出るかのように姿を表す。それらはすでに、呪いとなっているのかもしれない。
この国に纏わる、そうした噂話もある。
曰く、
この大陸の中心に聳え立つ世界樹を支配したものが、この大陸の覇者となれるだろう。魔物が渦巻く樹海に囲まれた世界樹への道標は、地下室の魔女が握るのだと。
国の結界を支える者達、その中心となる国王。国を支えるための基盤となる人々だけが耳にする噂は、この大陸に残る呪いかもしれなかった。
その端の一つは、先代の王が孫にこの大陸に伝わる伝承を話していたときのことだったのかもしれない。
この大陸は、かつては魔物が跋扈し瘴気にまみれた呪われた場所であったという。7名の勇者と1名の魔女がこの大陸に降り立った。彼等はこの大陸の7カ所にそれぞれ結界を張り、大地を浄化し魔物を討伐した。
魔女はこの大陸の中心部へと至り、世界樹を植えた。この世界樹は7本の根を張り巡らせ、この瘴気に満ちた場所を徐々に変容させていった。それによって7つの場所を中心に、人が住める場所となったのだ。
勇者はそれぞれの地で、王となり人の住める結界を保持した。王の結界は、その瘴気を国に入れないためのものである。
その地に移り住んだ人々で、選ばれた魔力の強い者が領主となった。領主とは、魔物や魔獣がその地へ入れぬように、それぞれ自分達の領地に結界を張る者達である。紛れ込んできた魔物が、人々の暮らす場所に近寄れないようにするための結界を維持する者達である。領主は貴族とも呼ばれる。
そうして、今の7つの王国は建国された。
ここ迄は、人々も知るものであった。だが、祖父は孫達にそれ以上の話をした。
初代の王は、魔女と契約を交わした。その契約を破らない限りは、魔女は王国を見守ってくれる。その契約は王その人だけが知っているものである。
魔女が見守ってくれることで、この地では魔法を使うことができるのだ。
いつしか魔女は、地下室の魔女と呼ばれるようになった。
「おじいさま。世界樹は今もこの大陸の中央で、浄化しているのですか」
上の孫が尋ねた。
「そうだな。未だ魔物が跋扈する樹海を今も浄化し続けてくれているのだよ。いつか樹海が無くなる、その時まで」
「おじいさま。その世界樹の処までゆけば、魔女様に会えるのでしょうか」
下の孫が尋ねた。
「いや、魔女様は世界樹のある処に住んではいないと言う」
「ではどこに」
「誰も知らぬのだ」
「魔女様に会えれば、教えを請えば、誰もが知らぬほど強い魔法を使うことができますか」
「そうだな。大陸の中央に行けるほどの力をもつお方だからな」
「魔女様も、世界樹も決して探してはいけないモノなのだ。近づいてはいけないものなのだ。魔女様に触れてはいけないのだよ。それが魔女様との約束だ」
と付け加えた。
魔女との縁は、別に国が滅ぶような秘密には、至らないかも知れない。ただ、長い間繋がっていた縁が切れてしまうのだ。その縁は、初代国王が繋げたものだから、大事なものなのだと。
上の孫は、それならば探してはいけませんねとやはり笑って言った。
下の孫は、そうかなあとちょっと考え込んでいた。
上の孫は、王太子となり、王となった。
下の孫は、王弟として神官となった。
話過ぎた先代の王は気がつかなかった。
王太子は自分の戴冠する前日に、代々の王による申し送りを伝え聞いた。
世界樹はこの大陸の支えである。決して樹海や世界樹に触れてはならぬ。そうして、その成り立ちを祖父から聞いたときよりも詳しく伝えられた。
もう一つ。決して王立図書館に手を出してはいけないと。
「王立図書館は、こちらが勧請して設立したものだ。漸く、その順番になった。だがもし、干渉すれば失うことになる。この国が、最後になる。ここで失えば、かの場所、かの方と繋がりが絶たれるのだ」
あの場所は、魔法と魔術の総本山でもある。だから、失ってはならないのだと。時の流れによって、失うものはある。失う時がある。しかし、あの場所がある限り、そこに残っているかぎり。失ったものを取り戻せるのだから、と。
王太子は戴冠に先んじて、王と約束を交わした。
世界樹にも、王立図書館にも決して手出しはしない、この約束を次に繋げると。
王弟は、夢を見た。
この大陸を司る魔女を手にしたいと。かの方がもういないのならば、遺産を手にしたいと。その遺産の一つは、紛れもなく世界樹であろう。
その力を手中に収めれば、この大陸の覇者となれるかもしれない。魔物を統べることすらも、できるかもしれない。
ならば、と考えた。自分は何をするべきか。
王になるための様々な策は成功し、王位についた。此処に来るまで、長かった。
だが、地下書庫が消えた。彼処は王家と契約していたのではないのか。
お祖父様が言っておられた。魔女は王と契約していると。だから、王になればあの地下書庫が手に入ると思っていたのに。
かつて地下書庫の本が読みたいと、王立図書館に行った。だが、私は地下書庫に入れなかったのだ。したがって、地下書庫の本を手に取ることはできなかった。
何故拒絶されたのかは、今もってわからない。力ある写本を手にし、魔術を得ることはできた。しかし、原本による力が欲しかった。
兄も甥も問題なく地下書庫で学んだ。何故私にそれが許されぬのだ。
皆は、兄の魔法と私の魔術に遜色はないと言う。
そんなことはない、ないのだ。
体に染み付いた、己の意で発するものと、式を行使し陣を描くことで発するものと。写本では私は魔法を身につけることが叶わなかった。
だから、どうしても原本を手にしたかった。
何故だ、何故だ、何故だ…
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
次回更新予定は11月24日です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます