第25話 図書館の魔女

 ウイリアムは、閉館していた王立図書館の前で愕然としていた。なす術もなく、ただ佇んでいた。


「遅かったな」

声をかけられ、そちらを向くとブラスターが立っていた。

「今日はもう、閉館した。部外者は入れないよ。今日、閉館宣言が出された。図書館は午前中だけ返本の受付などをするそうだ」


「マリアは、写本係はどうなるんだ」

「写本係は、クビになったらしい」

「何ていうことを、この国は何を手放したのか判っていないのか。でも、自業自得か」

「どういう意味だ」


ウイリアムは、これ以上何も言うつもりがないのだろう。黙って踵を返した。

「待て、ちょっと俺に付き合え」

ブラスターは、彼の腕を掴んだ。


結局、二人はブラスターの仕事場兼自宅へ来た。まずテーブルには紅茶とお茶菓子にマカロンに並べる。それから、仕事で使う盗聴防止の魔導具をテーブルの中央に置いた。


「ウイリアム、お前は何を知っている。教えてくれ」

「知ってどうする。第一王国の上層部へ報告するのか」

その言葉に、彼は自分が何者なのか知られていることを確信した。


「事と次第によってはしなくてはならないだろう」

ここで誤摩化したら彼が掴んだ事を聞き出すのは無理だろうと、腹を括った。


「だが、できる限りマリアの不利にはならないようにはする。そのためにも、知りたい」

それも本心だった。


「どんな仕組みになっているのかまでは知らない。でも、彼女が地下室の魔女だ。いや、図書館の魔女だ。地下書庫の写本係こそが、この国の魔法を支える、魔女なんだ」


「彼女に、会わなければ」

「今日はもう、無理だろう」


明日。だが、二人共マリアに会うことは、叶わなかった。





 書見台から、本が消えた。マリアは、自分の中で何かの繋がりがプツンと切れたのを感じた。


「あの感じだと、館長さんは逃げられなかったかな。何か見え透いていて、馬鹿馬鹿しくなるほどね。この図書館内で、私を捕まえるのは無理。

それにオメオメと捕まりになんか行ってあげない」


クスクスと笑いながら、何も無くなった書見台を軽く撫でた。大まかな記憶だけが蘇っている。まだまだ足りない部分が多いのだが。


「館長さんは捕まっているのかな。でも色々と聞き出そうとしても無駄なんだけどな。大丈夫かな。本も無くなったから、何も覚えていない館長に何をしても無駄なんだけどな」


消えた赤い本は、この図書館の存在意義や歴史が記されていた。歴代の館長のみがこの本の存在を知り、この本に触れることでこの図書館の本質について知ることができた。


しかし、その知識を全て覚えていられるのは図書館内でだけだ。残念ながら図書館から一歩出てしまえば大切なことは、捕まえた人間が最も聞きたいところは、覚えていない。そのようになっているのだ。だから、正式な館長の引き継ぎは、必ずこの地下書庫で行うことになっていた。


昨日までの館長も図書館に戻らない限り、肝心なことは覚えていないのだ。そして、引き継ぎの儀に使われる本は、今、消失した。歴代の館長が図書館に戻ってきても、もう再び図書館の本質について思い出す事はないだろう。


「多分、図書館に手を出そうとしたってことは、この国の王になるだけじゃ物足りなかったという事でしょうね。世界樹にまで手を伸ばすと考えたか。

それとも、そこ迄は知らなくても、国の秘密でもあると思ったのかしらねえ。ここには、なんて無いけど」


彼女は地下書庫の入り口に戻った。すでにブラスターの姿は無い。まだ居たら、何か変わっていただろうか。ふと思ったが、決定したことはもう変わりようが無いと気を取り直した。

人除けをしていたのに、あの男はここに入ってきた。ミネルヴァが直ぐにでもここにやって来られないのは、その気になれないからだ。

「あの人も随分と変わり者よね」


階段口には、今まで認識されていなかった地下書庫の扉が現れている。それを締め、内側から鍵をかける。階段は封鎖された。


「この地下書庫にある本がなぜ持ち出し禁止かと言うとね。私の本だからなの。ある意味、私の一部なの。この図書館が無くなるのならば、個人所有のモノは総て返して貰う。地上階に貸し出している本も、ちゃんと返して貰うから。他の図書館に持っていかれたモノもね」


マリアがそう言うと、今まで地下書庫で抜けていた場所に、本が現れて次々と収まっていく。


「シンディ、ごめんなさい。ちゃんとしたお別れが言えなかった。あなたに誘って貰って嬉しかった。あなたと一緒に本屋をしてみたら、楽しいだろうなと思う。

でも、どうにもここの本がお目当ての物騒な人々がいるので、私は退散する事にした。この国との縁は切れてしまったから」


図書館の地下書庫は、その存在を図書館から分離した。




 翌日、意気揚々と地下書庫に向かったミネルヴァは、ようやく手に入れた地下書庫への権利に胸が高鳴った。

あの忌々しいマリアを追い出して、自分が地下書庫の主になるのだと。


だが、階段を降りていき封鎖された様相に唖然となった。地下への階段と踊り場までで先がなくなっていた。踊り場には昨日までに注文があった写本が置いてあった。

書庫への入り口だった場所は壁になっている。


派遣された魔法士によって確認されたが壁の向こう側に部屋など無かった。一体何が起きたのか。まるで地下書庫など最初から無かったかのようだ。


また、この図書館だけでなく、グリアモール図書館に貸し出されていた多数の本、特に他にはない希少な文献や本達が、忽然と姿を消した。


国立図書館の閉館は、地下書庫の消失となにか関係があるのではないかとも噂されたが、真実に辿り着く者は、誰もいなかった。


 鍵となる人物は、やはり図書館にいたのだ。だが、総てはもう手に入らない。





 この大陸にある七つの国のうち、魔術に優れ最先端だと言われていた国が第七王国であった。だがこの後、徐々に凋落していく事となる。その切っ掛けが王立図書館の閉館であったと言われている。




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次回更新予定は11月22日です。

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