第24話 写本係 解任


 マリアは館長室へ面接のために呼び出された。館長の隣にはなぜかミネルヴァ シギンがいた。彼女は誇らしげにマリアを見下ろした。


館長が淡々と述べる。

「マリア君。君の業務は地下書庫の管理だね。具体的な業務について確認したいので、供述してもらえるか」


「地下書庫の蔵書整理と帯出禁止本の写本作成です。物によっては複写機を使えないものもありますから、そうした本の場合は手書きで写本を作ってます。まあ、地下の本は特殊すぎて全部手書きです」


「君は館長直属になっているな」

「他の業務に駆り出されないためです。地下書庫にも新しく加わる本も多いですから。

それに閲覧した本の写しを希望される方もいますし、他の図書館に送る写本の作成も有ります。だから、地下書庫に籠もっていられるようにって事です。字が綺麗だという事で採用されてますから、他の業務の方々のような専門知識とかありません」


「ふむ」

「それでですね」

マリアは一枚の書類を提示した。


「これ、私の雇用契約書です。この事項に書いてあるんですが、館長がそう判断した場合はすぐにでも、あるいは図書館が閉館される場合には閉館3ヶ月前に雇用を打ち切るとあります」


「随分な契約だな」

「私は、字が綺麗ぐらいしか取り柄がないですからね、そんなもんだと思っていました。で、ここにあるように図書館が閉館される3ヶ月前という事ですから、私の勤務は今日でお仕舞になります」


「君は、仕事を続けたいと思わないのかね」

「いえ。雇用前に提出した履歴書を見てもらえば判ると思いますが、図書館に関わる専門的な知識なんてないので」


面談を前に、マリアの履歴書を館長はチェックしていて、どうして前館長が彼女を雇ったかについて疑問に思っていた。


両親が亡くなった関係で一旦は孤児院に預けられている。この仕事が決まったために極短期間ではあるが。学校も義務教育までしか終えていない。

確かに、そこに書かれている文字は確かに美しい。この地下書庫の仕事について他の図書館職員にも話を聞いた。彼女を選んだのは地下書庫の本だと誰もが口を揃えて言う。

だが、現館長は、彼女を軽く見ていたし、そんな話に重きを置く気はなかった。


本当に何も知らない可能性のほうが高いが、地下書庫について一番詳しいのは彼女だという。これ以上はで話を聞くにせよ、退館時に捕らえれば良いだろうと。


「マリア君、実は地下書庫はそのまま残そうと考えている。契約上も、君自身も辞めたいという話だが、地下書庫に関してはシギン君に引き継いでもらおうと考えている。

それで、しばらくは作業などの引き継ぎをお願いしたい。それから、君は現在、地下書庫の宿泊施設にいるようだが、申し訳ないが、そちらも退去して欲しい」


マリアは一切表情を変えなかった。静かにそのセリフを聞くと

「わかりました。退去に関しては、今までの仕事の整理や私物の整理などがありますので、二日ほど準備期間をいただけますか」


ミネルヴァは、淡々と受け答えするマリアの態度が気に入らなかったらしい。

「何を言ってるの。そんな悠長な対応では困るわ。荷造りなんてすぐできるでしょう」

と眉を顰めた。


「そうだな。君を疑うわけではないが、出ていく時の荷物はチェックさせてもらおう。明日中に終わらせてくれ給え。急なことで、君も困るだろうから、明日以降の宿泊については、こちらで手配しよう」


「良かったわね、館長が親切で」

マリアはミネルヴァを全く取り合わなかった。

「ありがとうございます。では、明日」

そう言ってマリアは館長室を出ていった。




 写本室でやりかけの写本などを片付けていると、リーンと鈴が鳴った。誰だろうと、写本室を出ると、


「マリア」

階段の方からこちらへ飛び込むかのように走ってきたのは、ブラスターだった。


「どうしたんですか、そんなに慌てて。図書館内では走っては駄目ですよ」

いつもと変わらぬようにマリアは笑った。


「大丈夫か」

「何がですか。そうだ、私はここを辞めることになりました。というか、クビなんですがね。それに王国立図書館自体が閉館になっちゃいますし。

長らくお世話になりました。最後に挨拶が出来て良かったです」


へらっと笑うマリアを見て、一瞬抱きしめようと手を伸ばそうとしたが、グッと自分を押さえつけ、彼は彼女の手をとって握った。


「マリア、俺と来ないか。お前は俺の事なんとも思ってないのは知ってる。だから、俺の仕事を手伝わないか。

ココ辞めたら、仕事も寝床もないんだろ。気に入らないかも知れないが。いや、絶対手は出さないから、多分。

その、一緒に来てくれるだけでも良い。俺にお前の手助けをさせてくれ、お願いだ」


少し驚いて、でも嬉しそうに笑ってくれたので、返事に期待したのだが、

「ありがとうございます。ブラスターさん。でも、ごめんなさい。私はしなくちゃならないことが、あるんですよ」


「しなくちゃならないことは、俺と一緒だと、駄目なんか。この図書館の関係だったら、ぶっちすれば良いだろう。君は、多分、もう図書館に関わらんほうが良い」


「違いますよ。図書館の仕事では、ないんです。個人的なことなので。

それに、多分、いえ間違いなく一緒に行けば迷惑をかけますから」

スルッと握られた手を外して、彼女はそう答えた。


「一緒にいてくれるなら、迷惑なんてどれだけかけられても良い。俺が、絶対に護ってみせるから。なんだったら別の国に行こう。俺は、他の国にも伝手はある。

一緒にいてくれるだけでも、いいから。俺の仕事の手伝いが気に入らないなら、別のトコを紹介するから」


マリアは一歩、二歩後ろに下がる。

「ごめんなさい。でも、そう言ってもらえるって、すごく嬉しいな」


クルッと背を向け、書庫の中に駆け出してしまった。

「ありがとう、サム」

最後に一言残して。


「マリア」

ブラスターは、暫しその場で立ち尽くすしかなかった。




 マリアはそのまま書庫の奥へと進んでいった。最奥には、小さな部屋があり、その中央には小さなテーブルがある。テーブルの上に書見台が置かれている。


そこに一冊、赤い表紙の本が開かれてあった。

もう一冊の部外秘の本である『国立図書館の意義と歴史』。


この王立図書館の館長になったものが、必ず読まねばならない本だ。この本を読まない者が館長と図書館に認められる事は無い。


「あなたの役割は、もうお仕舞だそうよ。長い間、ありがとう」

館長に言われていたのだ。図書館に何か異変が起こったときには、この本を閉じてくれと。

マリアがそう呟いて本をパタンと閉じた。すると、本は光の粒子となって消えた。


マリアの中に蘇る記憶。全てではないが、それでもここを出て行くのには十分な記憶ものだった。


「それでは、幕を引きましょう」




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次回更新予定は11月20日です。


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