端緒
その大陸は、瘴気に犯されていた。忌地であった。
大陸の中央には瘴気の充満する樹海があり、そこから七つ尾根が海岸まで伸び、鬱蒼とした森林帯になっている。樹海の中央に世界樹を植えてからは、その尾根は世界樹の根と呼ばれている。世界樹は瘴気を浄化し、徐々に樹海が縮んでいっている。だが、森の奥深くには未だ魔獣が跋扈する地域で、人は近寄ることは出来ない。
尾根を境界として森林に囲まれた地は、それぞれが国となり七つの国を形成している。その国の最初の王はいずれも同じ人物であった。
かつて外つ国からこの地へ降り立ち、瘴気を浄化する世界樹を植樹し、ここへ辿り着いた人々を導き国を建てたという。
その王の側には常に一人の女性があった。名は伝わっていない。彼女は魔女であり、この地へ魔法を伝えた者であるとされている。彼女からもたらされた本を読むことで、人々は魔法の力を手に入れたのだという。
人々は畏敬の意を込めて、本の魔女様と呼んでいた。
魔女様から譲り受けた本は、当初はそれぞれの人が持っていたが、その人と子が、親子とは言え同じ魔法の素質があるとは限らない。その子のために、その子にあった新しい本が必要になった。最初は、本の魔女様から本を直接頂いていたが、国が増え、人々が増えるとそれでは間に合わなくなってきた。そこで、国は王立図書館を造った。人々は、今までに下賜された魔法を司る本をその図書館に寄贈した。
自分に合った本を図書館で見つけ、そして誰もが魔法を扱えるようになったと言われている。
本は、その人の持つ魔力の色と魔力量に応じて決まる。稀に魔力の素質を持たぬものもいる。そのもののためには、特別な本が必要であった。
この忌み地生きるためには、魔法無くしては、生きられないのだから。
そうして、この大陸の国々では、魔法を扱えることが一般的になっていった。長い年月の中で、図書館から魔法の本を借りてこなくても、自分で魔法を使える者達も現れた。そうした人々は魔法士とも呼ばれた。
魔法陣を組み、大地と大気の力を得て魔法を繰り出す人々は魔術士と呼ばれた。
七つの王国の王家と、各地域をまとめる領主である貴族にはそれぞれの役目が下された。王家には国全体の結界をすること。王家の聖結界によって、この大陸に蔓延る瘴気は人々を苦しめることは無い。
領主である貴族は、魔物や魔獣がそれぞれの領地に入り込まないような結界を張るように。人々が暮らす場所に、命を脅かす存在が跋扈しないようにすることである。
その力を得るための結界の書がそれぞれの家に下賜された。その時代の王や領主が例え力が弱くても、結界を維持できるような特別な書であり、今も王城の、領主の居城の奥に祀られているという。
当主となった者が、その本に触れることで書と契約をし、契約の理でもって大地から大気から魔力が供給され、結界が維持されていると言われている。
最初の王は、それぞれの国の王家を定めた。現在の王家で、最初の王の血を引く者はいない。
王家は、いずれも最初の王の直接の臣下だった者たちである。
いつの時代からか、王の代理人とを名乗っていた者たちが、王と称するようになった。
そして、どこの王家でも最初の王の血を引くのは自分達であると信じているとも言われている。
自分たちこそが、王の血を引き継ぐものだと、子孫に伝えるようになった。
そのような事を伝える書物は、王立図書館にはない。
最初の王を看取ったのは、本の魔女様だと言われている。かの王は長命であった。王と共にあった者達は、すでにこの世には魔女様以外は残っていなかったのだという。
本の魔女様は最初の王が身罷られると、その姿を消したと伝わっている。
「魔力ある者は魔法を使えるように、魔力の無い者は大気と大地から力を得て魔術を使えるようになっているから、大丈夫よ。
大地にはそのように術式を付与し終わったわ。この大地で生まれた者達は、皆、本という媒介を手にすることでいずれかを手に入れられる。
王の代理人の聖結界も、領地の結界も結界を司る本を当代の主が手にすることで、彼が魔術士であろうが、魔法士であろうが、どちらであっても維持することは可能になっているわ」
「そうか。この不毛の大地で生きて行くには、皆力が必要だ。お前が一緒に来てくれて、本当に助かったよ」
「いえ、私の方こそ。ここに来なければ、役立たずのままだったわ」
「ああ、お前だけを残していく私を、私たちを許しておくれ」
「何を言っているの。最初に決めたことでしょう。許すも、許さないもないわ。わかっていたことじゃない。大丈夫、きっと上手くいく。少しずつとは言え、世界樹がこの大陸の瘴気を浄化していってくれているから」
「向こうに行ったら、先にいった皆によろしく伝えてね」
「ああ。皆で、お前が来るのを待っているよ」
「そうね。でも、あんまり長すぎると、皆もすでに生まれ変わってどこかに行ってしまうかも」
「そうだな。もし生まれ変われるのならば、この地のお前の側に生まれ変わりたいものだ」
「あら、でも私を見つけられるかしら。王立図書館のシステムを作動させることにしたの。そうなったら、私もこの大陸を巡ることになるでしょうし、貴方のことは覚えていない様になる」
「大丈夫だ。君が私を忘れても、私が君を忘れても、きっと君を見つけられる」
「そうだったら、嬉しいわ」
「ああ。この生の中で、君に出会えたことを感謝しよう。私は、幸せだった。そう、言って死ねるのだから。永の生を生きる魔女よ。君の行き先も幸多からんことを」
「貴方はもういない。でも、私はまだ存在し続けなければならない。だから、貴方との記憶は封印する。
魔女としての役目の記憶を残して。何度も繰り返しましょう。全てを忘れ、取り戻すことを。いつか、時が満ちるまで。いつかあなたの元へ行く日まで」
夢を見た。誰か懐かしい人に会った気がする。でも、どんな夢だったのか覚えていない。目が覚めて、自分が泣いていた事に気がついた。
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しばらくお休みします。
第二章開始まで、お待ちください。
後日譚のマリア 凰 百花 @ootori-momo
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