第32話 魔王様が僕のモノになりました

ーーえ………?


口付けの直前、噛み締めていた僕の唇を、魔王様の生温かな舌がぬるりと這うように辿る。

何が起きたのか分からなくて、僕は思わず力を緩めてしまった。それに気付いた魔王様は、すかさず抉じ開けるように舌を押し入れてきた。

にゅるっと舌が絡み合い、くちくちと密やかな水音が響く。

それが凄く恥ずかしい事のような気がして、ギュっと目を瞑り魔王様を押し返そうと身を捩って胸元に両手を当てた。


でも手に力を籠める前に魔王様の片方の手が僕の両手首を握り込み、もう片方の手は顎をガッチリと固定してきたんだ。

手を引こうとするけど、びくともしない。

そうしている間に魔王様は首の角度を変えて更に深く深く舌を入れ込み、傍若無人に口腔を蹂躙し始めた。


「………っぅ…ん………っ」


初めての事に怯えて縮こませた舌を誘うように甘く突き、ゆるりと愛撫するかのように絡めてくる。

かと思ったら、口蓋から喉の奥へと舌をねっとり這わせてくるんだ。


「は………っ、や……………ぁ」


鼻にかかったような情けない声が洩れる。それと同時に、飲み込めなかった唾液が口角から溢れ出て、顎から首を辿り滴っていく。


ま……おう、さまの指、汚れちゃう……っ。


二人分の唾液は量が多くて、顎をガッチリ押えている魔王様の指にも流れたはず。

申し訳なく思いながらも、その光景を想像して背筋がふるりと震える様な、腰が甘くジワリと疼くような、何とも言えない感覚が湧き上がってきた。


「ん………ん、ぅん……っ」


何だろう、コレ……。

もっと感じてみたいし、この感覚より先のナニかがある気もする。ソレ・・を、感じてみたい……。


熱に浮かされたように頭がぼぅ……っとなった僕は、知らず知らず魔王様に縋るようにしがみ付き、自分から首の角度を変えて魔王様の舌を誘い込むように大きく口を開けてしまっていた。


「ーーーふ、」


僅かに唇を浮かせた魔王様はひっそりと笑いを洩らすと、さっきまでの蹂躙が穏やかだと感じるくらいに激しく、口を犯し始めた。

喉の奥の奥、限界ギリギリを舌先で撫で擦られ、おずおずと差し出した舌を容赦なく嬲る。

口付けと言うより、もはや僕を食べているんじゃないかってくらいに激しいソレ・・は、腹の奥にきゅっとした疼きを与えてきた。


「ん……ん、んぅ……」

 

貪り尽くされて、漸く魔王様の唇が離れた時には、もう僕は息も絶え絶えの状態になっていた。くったりと、力が抜けた身体を魔王様にもたれ掛からせる。

甘い痺れで霞んだ頭は、まともな思考を持つことができずにフワフワとした感覚を残すだけ。


そんな僕の濡れた唇を親指で拭う魔王様を、ぼーっとしたまま見上げた。じっと金赤の瞳で僕を見下ろす魔王様。

自分の唇に付いた唾液の跡を赤い舌で淫靡に舐め取り、目を細めて甘やかに笑った。


「ーー気持ちよさそうだな」


「きもち、イイ……?」


ゾクゾクする感覚が残る口を動かして、覚束ない口調で言葉を紡ぐ。

そんな僕を見て、魔王様はついっと人差し指を伸ばし顎の下を擽るように撫でた。


「俺にココを蹂躙されて、感じていたではないか」


「かんじた……?ぼく………?」


「そうだ。瞳を可愛く潤ませて、頬を紅く上気させて……。感じている以外の何ものでもないぞ」


そうなんだ……。腰が痺れるような、お腹の奥が疼くような感覚は「感じている」からなのか……。

トロンと蕩ける頭で考える。


「……俺にオマエが必要と思って欲しいと言ったな?」


言った………気もする。うん。多分……。ぽやぽやと馬鹿になっている頭は、ついさっきの記憶ですら思い出せないくらいに緩んでいるらしい。


「逆だ。いいか?主導権はオマエにある。レイルが俺を必要とする限り、俺は側に居続けよう。俺を得るも捨てるも、レイル、オマエ次第だ」


「ぼく、しだい?なら、ぼく、まおうさまが、ほしい」


多幸感が僕を支配する。魔王様の胸元に頬を押し付けて、僕はウットリと目を閉じた。


「まおうさまが、ぼくのもの、で。ぼくが、まおうさまのもの、がいい」


そう伝えると、力が抜けくてんと落ちている僕の手を、魔王様の硬い掌が掬うように持ち上げた。


「俺はオマエのモノだ」


僕の掌に温かなものが押し付けられる。

何だろう?と薄っすら重い瞼をあげると、誓いを立てるように魔王様は唇を僕の掌に落とし、口付けていた。


「万物を司る神へ誓おう。俺ラニット・バエルを支配し操る事ができるのは、レイル・アルファスただ一人だ、と」


まおうさまが、なにか、ちかってくれている……。


「俺の唯一よ。俺を絶対に手放すな」


「……………う、ん」


幸せのまま、目を閉じる。


「まおうさまは、ずっと、ぼくのモノ……」


呂律が回らない口が、願望を紡ぎ出す。そこまでで精一杯だった僕は、そのまま心地良い夢の世界に落ちていった。

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