第24話 魔王様の焦り(sideラニット)中編

その場に降り立ち真っ先に感じたのは、靴の底にしみこむ程に流れた血の濃厚な香りだった。


血だまりの中心に、人が一人倒れ伏している。

顔は見えないが、それが誰なのか俺にはよく分かった。


絹の様に細く美しい白い髪は半分以上が血に赤く染まっているが、間違いなくアレはレイルだ。

そう、目でとらえた情報を頭は理解して判断を下すのに、感情が追い付かない。


ーーどうして人間界でアイツが死にそうになっているんだ……。


「貴様!何者だ!!」

「魔族が人間界に足を踏み入れれる筈がないのに、どうやって侵入したっ!」

「貴様が『成り損ない』に攻撃魔法陣を与えたのか!王族を狙うなど、何を企んでいる!」


俺の姿を目にした護衛らしき数人の男が剣を構えた。

しかし人間界に普及する剣など恐れるに足りず。あんなものでは、俺には傷一つ負わせる事はできない。

俺は騎士に目もくれず、一歩踏み出しレイルに近付いた。


見下ろす視界に、血の海に頬を付けピクリとも動かないレイルが映る。血に汚れるのも厭わず片膝をつき、掌で頬をそっと掬い上げてやった。僅かに首があおのき、血に塗れながらも損なうことのない美貌が露わになる。


「何故………」


知らず知らず、唇が言葉を紡ぐ。


「何故、オマエは笑っているんだ………」


微かに微笑みの形を作っている血の気のない唇。


ーー意識を失う直前に、オマエは一体何を考えていたんだ。


魔界で見ていた弾けるような笑みではない。

儚く、何かを諦めたかのような淋しいその笑みに、俺の胸が激しく軋んだ。


切り刻まれ血を流し過ぎた身体は恐ろしく冷たく、生きているのかも分からないくらいだ。

しかし微かに感じる胸の鼓動に、レイルの魂がこの世に留まっていることが知れる。


俺は治癒の魔法は使えない。

このままでは命が尽きてしまうと判断した俺は、これ以上状態が悪くならないように、状態固定の魔法をレイルの身体に施した。

そして彼を丁寧に抱き上げると、魔界に戻ろうと踵を返した。


「待て、魔王」


しかし知った声に呼び止められ、目を眇めながら振り返る。

そこにはこの国の王の姿があった。恐らく入り口近くで手当てを受けている王子の怪我の報告を受けて、飛んできたのだろう。


無言で目を向ける俺に気圧されたような様子を見せながら、それでも人間の王は口を開いた。


「其方の魔力が我が息子を傷つけたと報告を受けている。説明をして貰おうか」

「父上!そいつが!成り損ないの分際で私を侮辱したのです!!不敬罪で罰してください!!」


割り込むように第三王子が叫ぶ。その言葉で、俺は何が起きたのか想像をつけることができた。

レイルの着ている服のボタンに付けたのは防御と攻撃の魔法陣だ。

レイルが攻撃に晒された場合に発動する。


要するに、あの馬鹿な男が何かを言って、レイルがそれを拒否したのだろう。それに腹を立ててレイルを攻撃して、俺の魔法陣の反撃を喰らったという顛末だ。


「説明は自分の息子に聞けばいいのでは?」


腸が煮えくり返るほどの激しい感情が湧くが、何とか押さえ込む。

俺の言葉に、チラッと王は息子に視線を流した。そしてもう一度俺に目を向けると、硬い顔でレイルを指さした。


「その子は置いて行ってもらおう。それは人間界にもたらされた、最後の救いだ」


「最後の救いと言う割には、随分な扱いをしていたみたいだな」


俺の言葉に、人間の王がぐっと言葉を飲み込む。


「そもそも発動した俺の魔法は、コイツが魔界で無知な魔族に襲われないよう守護するために付けたものだ。それが発動したということは、先に手を出したのはオマエの息子だろうな」


その瞬間、険しい表情で奴は自分の息子を睨みつけた。

そしてもう一人。

第三王子の治療を行っていた騎士が、その身をビクンと震わせた。


「お前は……っ!」


「ち……父上っ、しかし私がわざわざ婚約破棄を撤回してやったというのに、嫌だとほざいたのは彼奴です!俺は躾のためにっ!」


「うるさい!!あれほど言ったではないか!レイルを手放してはならん、と。大事に扱えと!!」


「何故ですか!私はこの国の王子です、父上の子で王族なんですよ!?なのに何故、成り損ないの機嫌を取らねばならないんですかっ!!」


醜く言い争う二人を冷ややかな目で眺める。せっかく人間界にもたらされたレイルという名の福音は、この場所でその役割を果たす事はなさそうだ。


そしてふと、さっき動揺する姿を見せた騎士に目を向けた。

治癒魔法を使えるということは、聖騎士パラディンのはず。第三王子の側にいたことから、その男の正体も知れた。


ーー確か、人間界で唯一レイルが僅かでも気を許していた男……。


俺の視線を受けてソイツは青褪めた顔になったが、決して視線を逸らすことなく此方を見ていた。


魔族の魔法と聖騎士パラディンは相性が悪い。きっと攻撃されている第三王子を見て、レイルのボタンに仕込まれた魔法陣を封じようとしたのだろう。

だがその魔力を魔法陣が攻撃と判断し、封じられた状態で爆発してしまったのだ。


この事象に関しては、痛恨の極みだ。

聖騎士パラディンの存在を知っていたのに、こうなる事を予測していなかった俺にも責任はある。

しかし……。


ーー僅かとはいえ、気を許していた人間に攻撃を受けたレイルが感じた絶望を思うと……。


多少の腹いせが混じっていることは否めない。

しかし俺は、この世で一番『我慢』という言葉が嫌いなのだ。


レイルが受けた絶望の数百分の一でも、キサマに知らしめてやる!!

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