第47話 ラニットのおねだり
本当に?
呼んだら来てくれる?
「じゃ、ボク、お邪魔ムシになるつもりないカラ行くね」
そう言い残し、ライラはそそくさと部屋から出ていった。
僕は胸元をぎゅっと握り締めて俯き、そして窓の外に目を向ける。
人間界の事は人間がどうにかするべきなんだけど……。
でも、ちょっとだけ。
ーー僕に強さをください。
「………ラニット…」
小さく。本当に小さく呟く。
貴方に会いたいと、願ってもいいですか?
「ーーーーー遅い」
ふっと空間が歪み、水にインクが広がるようにじわりと魔道が広がっていく。そしてそこから、不機嫌そうに顔を顰めたラニットが姿を現したんだ。
「…………………っ!!」
呼んだくせに、その姿を見ると驚いてしまって大きく目を見開いてしまう。
やっぱり真っ黒な衣装を身に纏うラニットは、滲み出るはくりがあってカッコいい。
呆けてしまっている僕にズンズンと大股で近付くと、大きな掌で僕の頬を包み込んできた。
「怪我はないのか?」
細めた黄金色の瞳で全身を探るように見てくるから、僕はコクコクと頷いてみせた。
「大丈夫です!あの、本当に来てくれるとは思わなくて……。ありがとうございます……」
ほんの数日振りなのに、やっぱり会えると嬉しい。にこにこ笑顔でお礼を伝えると、ラニットは細めていた瞳を甘く緩めて口端で小さく笑った。
「礼など不要だ、俺の魔王。寧ろ俺の不注意で連れ去られてしまった事を詫びよう」
「ラニットの不注意、ですか?」
ああ、大赦を受け入れてしまったということかな?
でも魔族の持つ力は秘密にされている事が多いし、ラニットが大公の力を把握してなくても仕方ないと思う。
僕はラニットが着ている上着のラペルを掴んでフルフルと首を振った。
「それは違います。どんなに注意しても、あれだけ沢山の種類がある魔族の能力を把握するのは困難なんですから、仕方ないと思います」
ラニットは頬に当てている手とは反対の手で、服を掴む僕の手を包み込む。
「それに大公は目的の為に僕を人間界に連れて来たかったみたいだから、大赦の件がなくても僕はいずれ此方に来る羽目になっていたと思います」
「………そうか」
すりっと、ラニットの硬い指先が僕の指を撫でる。数回ゆるゆると撫で擦ると、手を滑らせて僕の掌を掬うように持ち上げた。
「俺の魔王、失態を許してくれて感謝する」
指先に忠誠を誓うかのような
「では、さっさと
ちょっと甘やかな雰囲気にドキドキしていた僕は、突然の物騒な発言に思わず唇を寄せられていた手を奪い返してラニットの口を塞いだ。
「だ………駄目です!大公を殺しちゃ駄目!!」
「………何故だ」
慌てる僕を眇めた目で見据えボソリと不満そうな声を洩らす。
僕はええっと、と纏まらない頭のまま、言葉を紡いだ。
「もうすぐ審判の日が来ます!既に余波であちこちに影響が出てるんです。勿論、魔族領にも!今、大公を殺してしまうと、余波を乗り越え切れなくて、魔族領が滅んてしまいます!」
「オマエを拉致した報いだ。滅びるならそれが運命だろう」
ヤバい、ラニットが譲歩してくれない……。
「それでも!僕、魔王になったんですよ?民を守る義務があると思うんです。それに……」
ちょっと言い淀む。ラニットは典型的な魔族だから、僕の考えは理解できないかもしれない。
でも!と、僕は勇気を振り絞ってラニットを見上げた。
「大公が人間達に何か仕掛けそうな感じがあるんです。一魔族の勝手な行動を諌めるのも、魔王の仕事でしょう?」
「魔王の責務としてはそうかもしれんが、セーレは人間界にも俺にも憎しみを抱いている。このまま、此処にオマエを置いておくのは危険だ」
確かに大公は復讐が目的って言ってた。
だったら多分一番効果的に復讐を実行するなら審判の日だと思うんだ。だから、僕は危険かもしれないけど、その日まで人間界にいる。
大公がどう動くか読めないけど、ラニットが協力してくれたら上手く治める事ができるかもしれないから。
「審判の日に、僕は立ち会う権利があります。だから人間界に残るつもりだし、神様に伝えるべき僕の意思も決まってるんです。だからラニット、お願いします」
ちょっと怖い顔で見下ろすラニットを真摯な眼差しで見つめる。
「僕を助けて下さい。僕は僕みたいに苦しむ人を生み出したくないんです」
「………ならば」
抱き寄せていた腰から手を離し、少し二人の間に距離を開ける。
すうっと冷えた空気が二人の間に流れ込み、僕は凄く心細く感じた。
「命を下せ、俺の魔王よ。俺を支配し動かす事ができるのはオマエだけだからな」
真面目な顔でそう言うけど、瞳には優しい光を宿している。
僕の我儘を聞いてくれるんだ……。
嬉しくて、ちょっと心が擽ったくなる。
「ではラニット。審判の日に、僕は神様に物申すつもりです。全ての非は政に携わった者達にあるって。民達を苦しめるなって。きっと人間側から反発も反撃も出るでょう。その時、僕を守ってください、ラニット。僕は貴方に守られたいです」
「随分可愛い命令だな………」
すっと両手が伸ばし僕の両頬を包み込むと、ラニットは甘やかに笑った。
「愛しき俺の魔王。その命令、確かに承った。そしてオマエが守りたいと望む人間達にもできる限りの援助をしようではないか」
「え、いいんですか?」
余波を防ぐのに魔界も大変なのに、人間界に支援してくれるの?
「オマエの望みを叶える事が、俺の一番の至福だ。だから遠慮なく甘えておけ」
「………ありがとうございます。どうお礼をすればいいのか……」
「有り難いと思っているなら、そうだな………。俺に褒美をくれ」
ニッと口の端を吊り上げるラニットに、僕はぱちぱちと瞬いた。そのまま流るような仕草で僕を胸に抱き込む。
「褒美ですか?いいですけど、何を…………」
言いかけた言葉は、重ねられたラニットの唇に吸い込まれてしまった。
ちゅっちゅっ…と啄むような口付けの後、ほんの少し唇を離してラニットが掠れた声で囁く。
「俺の全てはレイル、オマエのモノだ。そして俺もオマエの全てが欲しいと思っている。全ての片が付いたら、オマエを俺にくれ」
えっと、それって……………?
暫く固まった僕は、ラニットの言う意味に気付き、かぁぁあっっと顔が真っ赤になってしまった。
だって、あの、そのぅ…………。
ラニットの少し硬さを持ち始めた
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