第2話 早速邪魔が入るようです

僕は学生寮の片隅にある自分の部屋に辿り着くと、建て付けが悪くてキシキシと音を鳴らす扉を開けた。

ここ、一応貴族の令息令嬢のための寮なんだけど、こんな部屋があるなんてって入学した当初は凄くびっくりした……。


粗末な木のベッドと小さな机が入れば一杯になってしまうこの部屋は、多分もとは物置きだったと思う。

窓も、換気用の極小さな物が一つあるだけで、昼間でも凄く薄暗い。

でも薄暗くて狭いところって何か落ち着くよね。ちょっと家具は粗末だけど、僕はこの空間を気に入っていたんだけれど……。


この部屋ももう見納めかと、ちょっぴり感傷的になりながら部屋に入る。そしてベッドの下から埃を被っていた古くて小さなトランクを引っ張り出すと、少ない私物を詰め込み始めた。


明日からの長期休暇では王宮にお邪魔するつもりだったから荷造りなんてしていなかった。王宮の人達は、僕が荷物を持って入城する事を嫌っていたね。

だって僕は『成り損ない』。正確に言えば、『人間に成り損なった生き物』という立場だったから。何か良からぬ物でも持ち込むんじゃないかって警戒していたと思う。




この世界には魔法があって、病気も怪我も治癒魔法で一発で治るんだけど、子供の生存率はそんなに高くないという現実がある。それは、子供の個体差が激しいっていうのが原因なんだ。


ほんのちょっぴりの治癒魔法でも過剰に反応して魔力に酔ってしまい更に体調を崩す子供がいたり、逆にどんなに治癒魔法をかけても足りなくて病気が進行してしまう子供がいたり。

その結果、五歳までの生存率が恐ろしく低い現状があった。

だからこの人間界では、五歳未満の子供は神様が御座おはす神界の生き物だと考えている。


無事に五歳の誕生日を迎えて初めて人間に『なった』と認められて、神殿で祝福を受けるのが習わしとなっていた。

神殿で祝福を受けると、神様からギフトと呼ばれる様々な能力が貰えて一人の人間として確立できるんだ。


でも僕は、どういう訳かそのギフトを受け取ることができなかった。だから『人間の成り損ない』、略して『成り損ない』と呼ばれる事になったんだ。

しかも祝福を受けた際に、もともとシルバーブロンドだった髪は白色に、深い深い蒼の瞳は灰色に変化してしまった。


これは何かの凶兆かもしれないと貴族達は恐れ戦き、国王陛下は世論に配慮し、監視も兼ねて僕を王宮に引き取ったという訳。

何で王子殿下の婚約者になっちゃったのかは、残念ながら僕は知らない。


そんなこんなで、僕は五歳以降ずっと王宮でお世話になってきたんだ。


「あれ?そういえば王宮から出ていけっていうことは、今まで受けていた学費や生活費の支援もなくなっちゃいますよね…?」


住む所を失うとなると、先立つものはお金なんだけど……。


「魔族領までの旅費、足りるでしょうか……」


魔界に下るには、人間界の北部にある魔族領に行く必要があるんだ。

移動手段を考えながら、財布の中身を思い出す。


王宮でも学院でも冷遇されていたとはいえ、一応王子殿下の婚約者だったから、王族に準ずる立場として僕にも予算が割り当てられていた。

でもあと二人いる他の王子殿下の婚約者の方々と比べると、その金額は恐ろしく少ない。


その少ない予算の大部分は僕自身の食費で消えてしまっていた。あ、別に僕が大食漢って訳じゃないよ?

学生なら誰でも利用できる食堂は、殿下の「貴様の顔を見ると食欲が失せる」の一言で使えなくなったんだよね。

だから自炊するしかなくて、その食材を買うのにお金を使ったんだ。

少ないながらも何とかやり繰りして、いざという時のために少しずつ貯めてたお金は、魔族領まで行くにはちょっと心もとないくらいの金額なのだけど……。


「ん~……。まぁ、何とかなるでしょ」


肩を竦めると、ふんふんと機嫌よく鼻歌を歌いながら丁寧に荷物を詰めていった。

あっという間に荷物は纏まり、トランクの蓋をぱちんと閉めて立ち上がると、ズボンの膝に付いた埃を払った。

何はともあれ。


「目指すは魔王の座に就職です!」


ビシリ!と勇ましく荷物を指差す。


「せっかくなので自由を謳歌しましょう」


人生の目標が決まった僕は荷物を片手に、機嫌よくその部屋をあとにしたのだった。



★☆★☆


学生寮の玄関を出て、道に沿ってテクテク歩く。 常緑樹が気持ちのいい木陰を作っていて、お散歩するにはもってこいの環境だ。


「ま、僕は散歩じゃなくて追い出されてるんですけどね」


ふふっと笑いながら独り言ちる。

とりあえず今日は街の中心部まで行き、各街を繋ぐ馬車の発着場を覗くつもりだ。

できる限り馬車で魔族領に近付き、お金が足りなくなったら歩こう。もしくはお金を得るために働くって手もあるなぁ。


そんな事を考えながら歩みを進めていると、不意に背後から煩いくらいの音量で呼び止められてしまった。


「待て待て待て待てっ!レイル、待つんだ、待てっ!」


ーーーーそんな、犬を躾けるみたいに呼ばなくても……。


しんなり眉を顰めて振り返ると、慌てたように此方に駆け寄る一人の騎士の姿があった。

見覚えのある顔に足を止めて、ふんわりと首を傾げる。


「これはユオ様、どうなさいました?」


彼はナットライム殿下の護衛のはず。

もしかして、僕の明るい未来に早速邪魔が入るのでかな?

心配です。

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