第54話 僕の魔王様

「無理かどうか、やってみなければ分かるまい?何せ今、魔王の座に就いているのは私だ」


「…………キサマは何故、ラウムが死にレイルが生きたのか考えようとしない……。似た状況で生死を分けた理由、全ての答えはそこにあるというのに」


睨み合っていた二人だったけど、ラニットの言葉に抑え切れない何かが溢れ出すよう大公が怒鳴った。


「っっ!!煩い!!!自分の兄を諌める事も出来なかったお前にそんな事を言われる筋合いはない!!」


肩を怒らせて険しい表情で……。でも血を吐くような叫び。

心臓が潰されたはずの僕が生き返り、大公の唯一の人である人は死んだ理由?

僕は訳が分からなくて、ラニットを見て、そして大公を見上げた。

大公は忌々し気にラニットとを睨み、ギリっと奥歯を噛みしめる。


「あれは、私の唯一だったんだ……。それを……、それをっ!!!」


哀しみと絶望と悔しさと……。そんな色んな感情がごちゃ混ぜになった苦しげな瞳は、何故かラニットから逸れて僕に下ろされた。


「ーーーーーーーっ」


僕と目が合うと、彼は苦しそうにその相貌を歪めた。眼差しは苦悩を滲ませて揺らめいている。


「ーー何故………。どうして……。どうして私では駄目だったんですか、ラウム………」


すっと持ち上げ差し伸べられる手が掴みたいのは、僕じゃない。今の僕と同じ真っ白の髪をしていた、大公の唯一。きっと彼の姿を僕に重ねて見ているんだ。


「ーーそれ以上近付くな……」


ラニットは静止の声を上げたけど、大公の耳には届かない。諦めが混じった疲れ切った表情で、ただただ、僕だけを見ていた。


「貴方がラウム同様に死んでくれたなら、私はこうも絶望せずにすんだのに………っ」


差し伸べられていた手が蜃気楼の様に揺らめく。何が……と思った瞬間その手に剣が握られ、僕へと振り下ろされていた。


全ては一瞬の出来事だった。


僕を抱きしめていたラニットはシールドを張り剣を弾くと、そのまま魔力を凝縮させ大公に向かって容赦なく放つ。


「……その生、俺が責任を以て終わらせてやる」


小さく呟かれたラニットの声は、僕以外の誰にも届かない。

剣の様に切っ先の尖った形に姿を変えた魔力は、そのまま大公の胸へと吸い込まれるように突き刺さっていった。


「………………。」


大公は魔力に身体を貫かれた時驚いたように目を見開いていたけれど、自分の胸元を見下ろすとほんの少しだけ安堵した様な顔になった。

ゆるりと眦を緩めて、ラニットに抱き締められたままの僕を見る。


「貴方が誰を愛していたとしても………」


大公が小さく言葉を紡ぐ。


「生きて私の側に居てくれたら。私は、それで良かったのに……」


サラサラと大公の脚が細かな塵となって、その形を崩していく。脚から腰、胸へとどんどん形を無くしていく大公は、最後に哀しげな微笑みを浮かべた。


「結局……、貴方は殺される未来しかないザガンに殉じて死ぬ事にしたんですね……。私を選ぶ事なく………」


それ以上大公が言葉を紡ぐ事はなかった。サラリ………と全てが塵へと変わる。その存在は最初からなかったかのように消え去り、床の塵も何処からか入ってきた風に吹かれ散っていった。


「……………ラニット?」


大公の最後の独白がの意味が知りたくて、ラニットを仰ぎ見る。ラニットは険しい顔のまま瞑目したけど、軈て振り切るようにその目を開けた。


「あ………」


ラニットの双眸は、初めて出会った時の金赤へと色味を変化させ始めていた。


「セーレが大切にしていたラウムは……、俺の兄を愛していた。未来視の力を持っていたラウムにはザガンの死が分かっていたんだろう。だから人間から騙し討ちされるように襲われても反撃せず、その死を受け入れた。ザガンと共に逝くために、な。本当に奴が生きたいと願っていれば、恐らく今のオマエみたいに此方側・・・に戻ってこれたんだと思う」


まだ厳しさの残る顔に少しだけ笑みを浮かべ僕の髪へ口付けると、彼はふぅっと息を吐き出した。


「オマエが戻ってきてくれて、本当に良かった……」


囁きと共に強く抱きしめてくる。そしてゆるりと眦を緩めて僕の腕を取り立ち上がった。


「さあ、全ての片を付けてしまうぞ。下した審判を人間界の奴らに教えてやれ」


僕を守るかのように肩を抱き引き寄せそう言うと、僕達を遠巻きに眺めていた貴人達をジロリと睥睨した。ラニットの視線を受けて、彼らの肩がビクンと跳ねる。僕もラニットに倣いフロアに立ち尽くす彼らを見渡した。

アステール王国の人達の所で目を止める。あの時勢いよく僕を罵っていたナットライム殿下は青ざめて言葉もなく立ち尽くし、陛下はもう全てを諦めたように静かに首を振っていた。


「ーー僕は条件付きでアステール王国の存続を願いました」


彼らを見つめながら伝える。「存続」の言葉を聞いて、各国のトップの人達がほっと安堵の息をつくのが分かった。


「貴方が出した条件を聞いても?」


その場を代表するかのように一人の壮年の男性が声を上げる。ですよね、そこは気になりますよね。

焦らした訳じゃないけど、まだ不安そうな人達の顔を見て苦笑いを洩らした。


「アステール王国の国政を担っていた王族、貴族の身分剥奪と国外追放です。国を危ぶませた人達に政を任せる訳にはいきません」


「ーーはあっ!?キサマ、調子にっ……」


僕の宣言に、さっそく噛付こうと声を上げたナットライム殿下は陛下によって口を塞がれる。チラリと其方に視線を流したあと、壮年の男性は心配そうに僕を見つめた。


「審判の日を迎えなければならないほど国を荒ませた責任は取るべきだと思うが……。貴族の大半が居なくなれば国として成り立たなくなるのではないかね?」


「そうですね。そこはまだこれから考えていくことにします」


心配の声を掛けてくれた彼ににこっと微笑んでみせた。


「最強の魔王様が味方でいてくれるから、きっと大丈夫です。何とかなりますよ」


その人は唖然とした顔で僕を見て隣に立つラニットを見て、そのまま口を噤んでしまった。僕はラニットを見上げて、ちょっとだけ甘えてみる。


「お願いできますよね、僕の魔王様?」

「当然だ」


即答したラニットは、肩を抱く手に力を入れてニヤッと笑った。


「俺の可愛い従者の願いは全て・・叶えねばならない」


「僕ってまた魔王様の従者になれますか?」


もう魔界に存在しても何の利点も齎さない僕だけど、これからもラニットの側に居ていいのかな?

そんな事を考えていたら、ラニットは瞳の色を一際甘くしてみせた。


「当たり前だろう。こんなに可愛い俺の唯一の存在を魔界で野放しにできるか。ずっと俺の側に居ろ。何があっても、必ず俺が守ってやるから」


いつだって僕の欲しい言葉をくれるのはラニットだけ。嬉しくなって、僕は大きく頷いた。


「はい!ずっと側にいます」

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