第55話 ラニットが何故か不機嫌です

あれからラニットと共に各国のトップと話をして、今後について方針を定める事にした。審判の結果は「存続」だったとしても、今までの異常気象の影響でこの冬食料難となる国もあると思う。何よりもその対策が真っ先に必要だと思ったからね。


皆さん、魔界が備蓄庫を開放して支援してくれるって伝えると、凄く驚いていた。


「魔王は本当に貴方の味方なんですね」


どこかの国の貴人が微苦笑しながら言うと、ラニットは「ふん」と鼻を鳴らした。


「当然だ」


皆さん普通に魔族であるラニットと会話をしている。勿論、内心では恐れているのかもしれないけれど、表面的には穏やかで紳士的な態度だ。


「使徒殿、少し宜しいでしょうか?」


不意に声をかけられて瞬く。


「し……使徒?」


「不躾にお呼び掛けした事をお詫びします」


「あ、いえ。そうじゃなくて、使徒、とは?」


僕は人間だ。神様に仕える使徒様じゃないけど……。

不思議そうな顔をした僕に、声を掛けてきた褐色の肌の青年はにこやかに微笑んだ。


「ああ……ご存知ない?審判を下す者は、その役割を終えると持って生まれた色彩を取り戻すと言われています。しかし使徒殿は、真っ白の御髪のまま。これはきっと神々が貴方を使徒として認めたからだと思われます」


「ーーーえ?」


「虐げられてもなお国の存続を許す、この上なく美しい貴方を神々は……」


「ーー用件を言え」


間に割って入ってきたラニットがバッサリと相手の言葉を斬り捨てる。僕はラニットを見上げて苦笑いを洩らした。


「魔王様、気が短すぎですよ。でも確かに時間は有限です。貴方のご要望はなんですか?」


ラニットに気圧されて一瞬怯んでいた彼は、僕の声にはっと我に返ると少しだけ慌てた様子を見せた。


「…………あ、も……申し訳ありません、ご貴重なお時間を……。私はダダ国の王太子ゼロと申します。我が国は木材の資源はありますが、耕作には向いていない国土でして……」


「ダダ……そうですね、南部の国ですから森が多く農作には向いてませんね。でしたら、南西部のカラン公国が昨年度豊作過ぎて穀物の余過剰を持て余しているはずです。そちらと交渉しましょうか」


ぱちりとセロが瞬く。呆けたように頷く彼の背後から、別の男性が身を乗り出してきた。


「俺はダラーズのカンイルだ。済まない、我が国には何も余らせている物資がない。手助け願えないだろうか」


銀の髪、白い肌、澄んだ青い瞳。最北の国ダラーズの特徴を持つ彼は、申し訳無さそうな様子だ。

僕はコクリと頷いてみせた。


「ダラーズは最北で寒さが厳しい国ですから仕方ないですよ。南部ダダから木材の余過剰を分けて貰って、魔界からも薪を提供してもらいましょう」


「………驚いた。小さな国なのに、よくご存知だ」


ポカンと口を開けてカンイルが信じられないとばかりに呟く。

僕は笑って首を振った。


「偶々ですよ。それよりダラーズにある氷壁には魔力を内包する特別な氷晶石がありますよね?それを物資を運ぶ魔船の資源として、お隣のファーネス帝国に提供願えますか?」


コテンと首を傾げてお願いしてみると、カンイルは凄い勢いでコクコクと頷いた。顔が赤いけど、フロアが暑すぎるのかな?

大丈夫かなぁと心配しながら彼を見ていると、彼はこちらを窺うようにそろりと質問してきた。


「し……使徒殿、アステール国の王子との婚約は解消したと聞いたが、それは本当か?」


「え?すみません、確認できてないけど多分?」


「な、な、な、なら!俺はどうだ!?貴方みたいに美しいだけではなく、賢さも兼ね備えている方など得難い宝ではないか!大切にする!俺に嫁ぐ気はないかっ?」


カンイルがガシッと僕の両肩を掴み、怒涛の勢いで言い募ってくる。


「え?え?え?え?」


何がどうして嫁ぐなんて事になるのかと困惑していると、ぐいっと肩を引かれた。


あれ?っと見上げると、眉間の皺をいつもの三倍くらい深めたラニットが不機嫌そうにカンイルを見下ろしていた。

冷ややかな金赤の瞳に見据えられ、カンイルはぴゃっ!と顔を青褪めさせて慌てて去っていった。


ーーんんんんん??


「全く。喉元過ぎればとは言うが、早速色ボケする者が出るとは……。油断も隙もならんな」


「はあ?」


何の話?とラニットをじっと見つめると、彼は気まずそうに顎をしゃくり前方に待つ人達を指し示した。


「何でもない。さっさと調整してしまうぞ!」


「………はい」


若干釈然としないながらも、いつまでも人間界の要人達を魔族領に留める訳にはいかなくて、僕は次の貴人の訴えに耳を傾け始めた。


でも何故か訴えの五割くらいは僕の婚姻の話にすり替わり、どこかの王族に求婚される度にラニットが全力で睨んで強制的に会話を終わらせるのだった。

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