第56話 魔王様へのご褒美
だいぶん時間はかかったけど物資の調整もついて、それぞれの国のトップ達は安堵の表情を浮かべて魔族領を辞していった。
人の姿も疎らとなったフロアを少し疲れたなとぼんやり眺めていると、不意に僕を背中に庇うようにラニットが前に立った。
「ーー何の用だ」
鋭い
「魔王様?」
誰が来たんだろうと思っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ーーその節はご温情ありがとうございました」
ユオ様だ!
僕は慌ててラニットの背中から顔を出しす。そんな僕に気付いたのかユオ様は申し訳無さそうに微笑んだ。
「レイル、君が元気そうで良かった……」
「僕はいつだって大丈夫です。それよりユオ様、その…………」
不躾かなとも思ったけど、どうしても気になってチラリと右腕に視線を向けると彼は苦く笑いゆるりと首を振った。
「俺の傲慢さが招いた結果だ。君が気にする事ではない。腕は無くしたが温情をかけて貰ったお陰で命は残っている」
何となくラニットの背中を見上げる。
ユオ様の仕込んだ魔法陣で人間界へ連れ戻され傷を負ってしまった時、ラニットは酷く怒っていた。
ーー多分、そういうコトなんでしょうね……。
敢えて言及する事は控えて、もう一度ユオ様に目を向けた。
「ユオ様はナットライム殿下に付いて来られたんですか?」
「いや、俺はもう護衛騎士ではない。今回はアステール国の神殿の使者として来たんだ」
「神殿の使者?」
「ああ……。
「責任………」
嫌な予感に目を眇めると、彼は自嘲気味に言葉を発した。
「アステールの王族が審判の結果を拒否するなら斬れ、と」
ゴクリと喉を鳴らす。彼だって騎士だから人を斬る事はできるだろう。
でも十年以上守ってきた人達を殺める事が、ユオ様にできるんだろうか……。
「殺れ、と命じられれば俺は斬る。そのくらいの覚悟はしてきた。だが………」
ユオ様はふと背後を振り返る。そこにはアステール国の国王陛下とナットライム殿下が佇んでいた。
「殿下はともかく、陛下は下った審判を受け入れた」
その言葉に僕はほっと息をついた。悪足掻きしないでくれて何よりだ。
「ただ、彼らをどうする?国外追放とは言ったが、仮にも王族だ。同じく追放の憂き目にあう貴族達が御旗として担ぎ出してトラブルが発生するかも知れんぞ」
「ーーそうですね……」
それは僕も懸念していることだけど……。
う〜んと悩んでいると、ラニットが何でもない事のように一つの案をあげた。
「魔族領に勾留すればいい。そうすれば監視も可能だろう」
「あ。なるほど!でも彼らが受け入れますかね?特に殿下は魔族を『醜い』って忌み嫌ってましたし……」
「なら、余計に罰として相当ではないか?」
ふふんと、ラニットは意地の悪い笑みを浮かべる。
「それ程嫌っている者が支配する地でしか生きていけないという恥辱を、存分に味わってもらおうか」
「じゃ、それで決定ですね」
こういう時のラニットって本当に容赦ないな、と僕はクスっと笑う。
アステール王国はこれからが大変だけど、あの国にも民を思い真摯に国政に携わっていた貴族はいた。大抵は王族や権力に執着していた貴族によって国の片隅に追いやられていたけど、彼らを中心に立て直すことは可能なはずだ。
「ーー国のことは心配しなくていい」
ぽん、と頭の上にラニットの大きな掌が乗せられる。
「国の基盤が整うまでプルソンを派遣するから大丈夫だ」
「プルソンをですか?」
脳裏に両目を黒い布で覆い隠す彼の姿を思い浮かべた。
「アイツの能力は現在過去未来を見通すものだ。情報が多くて鬱陶しいと両目を隠してるが、アイツの力はこういう場面では役に立つ。ついでにヴィネも付いて行かせよう。武力で抵抗されても制圧できるからな」
プルソンってそんな能力を持っていたのか。ふんふんと頷く僕に、ユオ様は「では、そろそろ私も……」とその場を辞す言葉を告げてきた。
「ユオ様は神殿に戻られるのですか?」
「……いえ。私はこの使者としての務めが終われば、神殿から離れて
ちらっと右腕があった場所に視線を落とし特に残念がる様子もなく淡々と告げると、静かに一礼してその場を離れていく。そして共に魔族領に来ていた
その姿を見送りながら、僕は小さく「あ……」と声を出す。
「どうした?」
ラニットが身を屈めて心配そうに顔を覗き込む。僕はふるっと首を振ってクスクス笑った。
「殿下に魔界に下れって言われた時、魔王になって見返してやろうって思ったんですよね。折角魔王の座に就いたのに、何にも『ざまぁ』できなかったなって」
「……待て。『ざまぁ』って何だ?」
「ライラが教えてくれましたよ?人間界では仕返しした時に、そう言うんだって」
「ーーーーーーーーーライラめ。オマエもそんな下劣な言葉は忘れろ」
「はぁい」
肩を竦めて返事をする。まぁ殿下に対して思い入れがある訳でもないから、特に仕返しも考えてなかったけどね。
僕はラニットの袖口を掴んで引っ張ると、にこっと笑った。
「魔王様、僕達も魔界に帰りましょう」
「そうだな………。ところでレイル」
「はい?」
コテンと首を傾げて見上げると、ラニットはすっごく甘い光を瞳に宿して微笑んでいた。
「俺の可愛い従者は、約束を覚えているだろうか?」
「約束、ですか?」
「褒美として、全ての片が付いたらオマエを俺にくれと、約束していただろう?」
ぱちりと瞬いた僕は、大公邸にラニットを呼び出した時の会話を思い出して、一気に赤くなってしまった。
「え、と。約束……は、」
しどろもどろで言葉を詰まらせていると、ラニットは微笑みを獰猛さが滲む笑みへと変化させ、腰に手を回し抱き寄せてきた。
「ーー逃さんぞ、レイル」
狙いを定めた金赤の瞳には、既に情慾の光が宿っていた。
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