第41話  大公セーレとラニットの確執

 「大公が受けた制裁って何ですか?」


「憶測でしかないが……。大事な者がいなくなった地で、自分が壊しかけた世界を見続けろという事だろう。アイツは魔族領から出ることができないんだ。出た瞬間に激しい苦痛に襲われるらしい」


「壊しかけたって……。でもそれってその時の魔王のせいじゃないんですか?」


思わず顔を上げてラニットを見ると、彼は苦く嗤った。


「大公は物事を移動させる力がある。下手をすると大陸一つくらい、軽くこの世から消し去る事ができる程だ」


「……あ、」


「魔王は人間を殺し世界がどう変わるか見ようとしたが、アイツは物理的に世界を破壊しようとしたんだ」


「……………」


そうか……。じゃ大公は今、どんな気持ちで人間界にいるんだろう。

憎くて堪らない人間たちが暮らす世界を、愛しい人を亡くした土地で見続ける、なんて。


「アイツが人間を許す日は絶対にこない。だから、大赦の要求も思惑があるはずだ」


「………僕、大公と直接お話をする事はできませんか?」


彼が何を企んでいるのかは分からないけど、今は僕が魔王になったんだ。

判断するのは僕じゃないと駄目なんじゃないかって思う。


「やめておけ。ヤツと話せば必ず後悔する」


「でもっ!」


「これに関しては俺が処理する。……ヴィネ!」


ラニットが呼ぶと、間髪おかずにヴィネが空中から姿を表した。衝撃でズン!と微かに床が揺れる。


「プルソンと話をしてくる。ヴィネはレイルの側にいろ」


「承知」


「待って下さい、ラニット!」


慌てて呼び止めたけど、ラニットは振り返る事もなくその場から姿を消してしまった。


僕だってお役に立ちたいのに………。

悔しくて俯いた僕に、ヴィネは静かに声をかけてきた。


「何の話をしていたんだ?」


「………ラニットの前の魔王のことと、大公のことを……」


「成る程な………。レイル、ラニットは君とセーレを関わらせたくないんだ。そこは理解してやってくれ」


セーレというのは大公の名前かな?

でも関わらせたくないって何だろう。


「何故ですか?僕は魔王になりました。魔界が関わる事で、王が知らなくていい事なんてないと思います」


きっ!と目に力を籠めてヴィネ将軍を見ると、彼は静かに首を振った。


「…………。三百年前、何故ラニットが魔王になったか知っているのか?」


「ーーーーえ?」


三百年前惨劇を繰り広げだ魔王ザガン、大事な人を殺された大公セーレ、そして三百年前に魔王戦を経て魔王になったラニット………。

絶対に関係あるよね…。


「魔王ザガンはラニットの兄だった。当時ラニットは魔王の命令で、魔王城から遠く離れた場所へ行かされていたんだ。だが魔王の所業を聞いて、急ぎ戻ってきた」


淡々する語るヴィネ将軍を、ポカンと見上げる。


「え?兄………?」


掠れた声で呟くと、彼は頷いた。


「そうだ。魔族は人間とは違う。一定数減れば何処からともなく勝手に増えるのが魔族だ。だが、稀に血の繋がりを持つ者もいる。それがあの二人だった」


「そ……そうなんだ……」


「ラニットが魔王城に戻った時には、『審判を下す者』は既に殺され、魔界は天界に滅ぼされる未来しかなかった。だから

ラニットはザガンをしいし、魔王の座を簒奪する事で魔界を守ったんだ」


そして、沈鬱な表情になって視線を僕から反らした。


「魔界は魔王交代で守られた。だがセーレにしてみたらどうだ?もっと早くにラニットが行動してくれていたら、愛しい唯一を亡くさずに済んだのに、と思っても仕方あるまい」


「それは………」


「ましてやラニットはザガンと血縁関係にある。ラニットに非がなくても、セーレにとってはラニットを憎しみの対象にしないと、自分を保てなかったのだろう」


「そんなの!逆恨みじゃないですか!」


思わず叫んでしまう。ラニットとザガンがどんな関係性だったか分からないけど、血縁者を手にかけることに迷いが生じないわけがない。


「そうだ。だが、だからこそセーレが何をするのか分からないんだ。これは三百年前から続く、あの二人の確執だ。ラニットがお前に関わらせたくないと思う気持ちも分かってやれ」


諌めるように告げられた言葉に、僕は何も言葉を返せなかった。ぐっと拳を作って俯く。


「俺は扉の前にいる。執務室内に転移できるのはラニットと四将軍だけだから、君は安心して此処にいてくれ」


そう言い置くと、踵を返して扉から出ていった。

その姿を見送りながら、僕は一生懸命に考える。

僕は一体何をどうしたら良いんだろう………。


何が魔界にとってベストで、どうやったらあの二人の折り合いは付くんだろう………。


そう考え込んでいると、上着のポケットが僅かに熱を持ち始めた事に気が付いた。


「?」


不思議に思って手を突っ込み、指先に触れた物を引っ張り出す。


それは、自分の部屋で拾った乳白色の綺麗な珠だった。

淡い光を脈打つように、強く弱く仄かに点滅させている。

それをじっと眺めていた僕は、唐突に理解したんだ。


「ーーーーーー審判の日が近い」

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