第16話 魔王様の従者になったようです

 トランクを片付けるとスクっと立ち上がり、窓の近くまで行ってみた。

カーテンを掴んで開けようと試みるけど、大きい窓に掛かる分厚いカーテンは僕の力じゃびくともしない。


「うわぁ、カーテン一つ満足に開けれないなんて……」


魔王様に「従者にして下さい」ってお願いしたけど、この非力加減じゃできることないかも。

カーテンは諦めて、薄暗い中をベッドまで戻る。

昨日、魔王様は迎えにくるって言ってたし、おとなしく待っていよう。大きなベッドによじ登り、ふかふかの枕を抱える。


ーー今って何時くらいなんでしょうか?


時間が分かるものがなく、時を知らせる鐘も鳴らない。そのゆったりとした時間の流れは眠気を誘い、ついウトウト夢の世界に足を突っ込んでしまっていた。




心地いい温もりに包まれてうっとりと瞼を開けると、目の前に真っ黒の物があった。

ーー真っ黒?

これって何だろう?とペタペタと掌で触ってみる。意外にしっかりとした硬さがあるそれが温もりを与えてくれていたことに気付いて、僕は何だか嬉しくなってきゅっと抱き着いてみた。


「起きたのか、レイル」


ずっしりと低い声が聞こえた。寝ぼけている頭で「誰だっけ」と一生懸命考え、そして声の主に思い当たった僕はガバっと起き上がろうとした。


……けど、全く身動きが取れない。

あれ?と見てみると、いつの間にかベッドに横になっていた僕を、添い寝していた魔王様が腕の中にガッチリ閉じ込めている状況だった。


「お……おはようございます。すみません、寝過ごしちゃったみたいですね」


「構わん。しっかり休めと言ったのは俺だからな」


ほんの少しだけ上半身を離し、魔王様は金赤の瞳で僕の顔を覗き込んできた。


「昨日よりは顔色も良くなったな」


そう言いながら、指で頬に掛かる髪をサラリと掻き上げる。そして露わになった額に軽く口づけると、ゆったりとした動作で魔王様は身体を起こした。


「目が覚めたなら、朝食に行こう。起きれるか?」


指の背で優しく目元を辿り頬を撫でる。その精悍な顔に、ほんの僅かな微笑みを浮かべる様子をじっと見て、僕は小首を傾げた。


「魔界では挨拶で接吻キスするんですか?」


「する訳ないだろう」


ちょっと嫌そうに眉根を寄せた彼に、僕は続けて聞いてみた。情報収取はタイミングが大事だからね。


「では、魔王様は何故僕に接吻キスをするんですか?」


「そうだな……」


僕から視線を外し、頬を撫でていた指で口元を覆う。


「マーキング、だろうか。俺のモノと知らしめるため、といったところか」


「成る程……」


マーキングかぁ。魔族ってちょっと野生味が強いんだな。

ふんふんと頷いていると、魔王様は僕の肩をすくうように持ち、グイッと引き起こしてきた。


「さあ、納得できたなら行くぞ」


「あ、僕、まだ着替えが…」


流れるような動作で僕を抱き上げてさっさと歩き始めた彼に、慌てて告げた。

すると魔王様は僕を見たあと、パチンと指を鳴らし満足そうに頷いた。


「よし」


「はい?」


彼の視線を辿って自分の服を見ると、いつの間にか真新しい服になっていた。


「ほわぁ……」


スタンドカラーの黒いジャケットは魔王様とお揃い。肩と袖口にシルバーの飾り房で装飾がされている。前身ごろを閉めるための大きめのボタンは、アシンメトリーの位置でオシャレに輝いていた。

ただ違うのは、魔王様のジャケットは膝下までの長さだけど、僕のショート丈。


「凄い。カッコいいです!ありがとうございます、魔王様!」


新しい服なんて本当に久し振りだったから、僕は満面の笑みを浮かべてお礼を言うと、彼は機嫌良さそうに目を細めた。


「俺の従者だからな。これくらいは当たり前だ」


「従者……」


「ああ。そして魔族は力が全てだ。闘争本能が強く、上下を決するために、すぐに争い出す」


ふんと鼻を鳴らし、ジャケットの胸元でシルバーに輝く大きなボタンを顎で差す。


「そのボタンに防御と攻撃の魔法陣を刻んでいる。余っ程の事がない限り、お前には傷も付けれんだろう」


「余っ程の事って何ですか?」


「魔王戦だな」


まおうせん……。その言葉を繰り返し、ぱっと魔王様を見上げた。


「もしかして魔王って闘いで決めるんですか?」


「知らなかったか?そうだ。我こそはというものが名乗りを上げ現魔王に挑戦するんだ」


そ……そっかぁ。僕が魔王の座を狙おうと思うなら、この如何にも強者な魔王様を屈服させなきゃダメなのか……。

ううん……と考え込む僕に、魔王様はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「まぁ俺もこの座に着いて300年が経つが、未だに魔王の座を譲ったことはない。だから、余っ程の事などあり得ん」


自信満々な様子に、僕は「でしょうね」と大きく頷くのだった。

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