第15話 僕の大事な物

信じられないくらいにふかふかのベッドに埋もれ羞恥心でジタバタしてたけど、一つ大きく息を吐いて何とか自分を落ち着かせた。

顔を覆っていた手を外し、真上に見える天井を見つめる。

プルソンが言う『懐柔』と魔王様の行動。

あのスキンシップの全てが、魔界の常識とはさすがの僕でも思っていない。

ということは、あからさまな行動はちゃんと目的があってのこと。そこさえ押さえていれば、きっと大丈夫。


――わきまえてさえいれば、傷付くことなんて何もないですしね。


今までだってそうやって生きてきた。そして、これからもそうやって生きていく。ただそれだけ。


「うん。大丈夫」


一つ頷きそろそろ寝ようかなと、むくりと起き上がり………、僕ははっと一つの事を思い出して一気に青ざめた。


「っ!!荷物!!」


突然魔界に来たから、寮から持ち出したトランクを持ってくる暇がなかった!

ダメ、あの中には………っ。


慌ててベッドから降りると、魔王様が出ていった扉に飛びつく。自分の力で開けることができるかどうか心配だったけど、大きな扉はさして力を必要とせずに開けることができた。

慌てて部屋から飛び出したけど、先に延びる廊下は薄暗くどっちに行けばいいのかも分からない。


「この場合、魔王様に謁見を願うべき?でももう夜だし、僕の荷物って些細なことだし……」


唇に指を当てて考え込む。

多分、荷物はまだあの部屋にあるはず。宿泊する客の荷物を宿のスタッフが無断で処理するとは考えられない。

そして僕に待つように言っていたユオ様も、きっとまだ戻ってきていないはずだ。彼は礼儀正しい護衛騎士だから、緊急でもない限り、夜中の訪問なんてしなさそう。

だったら、明日の朝までは確実にトランクは宿にあるはず。

………でも。


あれ・・は僕の唯一の………。


ぐっと唇を噛み締める。やっぱりダメ!すぐに取りに行こう!

そう決意した僕は、少し考えて「そうだ」と思いついた。

此処に連れてきてくれたライラにお願いしてみたらどうだろう?

彼なら宿の場所は知っているだろうし、対価を払えばお願いを聞いてくれないかな。


―ー対価は彼に確認して、どうにか工面しましょう。問題は……。


「どうやったらライラに会えるんだろう?」


辺りは静まり返って、ただ一人の魔族さえいない。ううん、と考え込んでいると、不意に背後から陽気な声が響いてきた。


「ボクを呼んダ?」


「ライラ!」


ぱっと振り返り、退廃的な美貌の彼の姿を見つけて、思わず飛びついてしまった。


「良かった、ライラ!会いたいって思ってたんです!!」


「アハハ……。会いたイって思ってくれテありがト。デモ、ボク今、絶賛命の危機に直面中だから離れてくレル?」


そんなにベッタリ魔王様の気配ヲ纏っテいる状態で抱き着クなんて……と何やらブツブツ独り言ちているけど、僕は構わずに話を続けた。


「ねぇライラ、僕を夕方にいた宿の部屋に送ってくれませんか?」


「-----何で?」


少し彼の声が低くなる。気持ちは分かるよ。せっかく連れてきたのに、また戻すって凄く手間だもの。でも僕だって必死だ。


「突然こっちに来ちゃったから、荷物を持ってこなかったんです」


「荷物なんテあったケ?」


首を傾げ訝しむライラに、コクコクと頷いてみせた。


「小さなトランクをベッドサイドのテーブルに置いてて。あれが絶対に必要なんです」


このくらいの大きさの……と指でトランクの大きさを教えると、ライラは大きく頷いてくれた。


「イイよ、取ってきテあげル。夜も遅いから、君はもう寝てテ」


「ありがとうございます、ライラ。このお礼はどうすれば……」


「お礼はいらないカラ」


グイグイと背中を押して、僕を部屋に戻す。


「この部屋デおとなしクしているコト!出歩いちゃダメだヨ。人間ヲ餌だと思っテ襲ってくるヤツだっているんダし。そうなったら魔王様に半殺し二されちゃうヨ!」


「僕が?」


半殺しにされるの?魔王様に?


「違ウ!魔族の皆ガ!」


とんでもない!といった様子でライラが叫ぶ。


「魔王様の執着ヲ甘く見ない方がイイよ」


そう言い残すと、するりとその姿を闇に溶かし消えてしまった。

僕はさっきまでライラが立っていた場所をぼんやりと眺める。


「ーー執着?」


ーーお会いしてから今までの間に、魔王様が執着する要素なんてありましたっけ?


「そもそも、何に執着しているんでしょうね、魔王様は」


首を傾げながら、まぁ関係ないか、と部屋の中へと戻るのだった。



★☆


ライラが戻ってくるまで起きて待ってようと思ったけど、意外に疲れていたみたい。

少しだけと横になって、気が付いたら朝になっていた。

窓に掛かる分厚いカーテンの隙間から、僅かに陽の光が差し込んでいる。


ぼんやりとした頭のままのろりと起き上がり、ベッドの足元にそっと置かれたトランクを見つけて、一気に目が覚めた。

キョロキョロと辺りを見るけど、ライラの姿はない。


「ありがとう、ライラ」


感謝の言葉を唇に乗せて、古ぼけたトランクを持ち上げるとギュッと抱きしめた。

暫くはこの魔王城にお世話になりそうだし、このトランクも邪魔にならない所に片付けておこう。

そう考えて、ベッドの下の隙間に大事なトランクを押し込んだ。


この行動が大きなトラブルを引き寄せる事になるなんて、僕はその時知るよしもなかった。

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