第14話 魔王様の怒り(sideラニット)
『ラニットはさぁ、レイルを
ベレトがヒゲをヒクつかせなから、テーブルの茶菓子を一つ摘まんだ。
その言葉に、アスモデウスやヴィネ、プルソンも興味津々で俺に目を向ける。
「確かにラニットにしては、分かりやすく行動してるな。魔王の間で見たときには、思わず目を疑ったぞ俺は」
「わざとらしいくらいに甘ぁ〜いわよねぇ。まぁ、レイルちゃんが
蒸留酒で満たされたグラスを傾けながら、ヴィネとアスモデウスはニヤニヤと笑っていた。
レイルを部屋へ案内したあと、待ってましたとばかりに四将軍である奴らが俺の部屋に押しかけて来たのだ。
まぁ、奴らの気持ちも分かる。
レイルが人間界に誕生して、十六年だか十七年だかが経過して、もう
そんな時に、レイルが自ら魔界に行くと宣言したのだ。
発した言葉は言霊となり、魔界にまで響き渡る。
だからライラに迎えに行かせたのだ。
魔族が人間界で活動できる範囲は少ない。世界が定める制約が働き、魔族領内でしか動けないのだ。
しかし夢魔は夢を渡ることができ、人間界を自由に闊歩できる珍しい存在。だからこそ適任と判断して、レイルを迎えに行くように命じた。
レイルは魔界に忌避感を持っていないようで、すんなりと此方へやって来た。後は魔界から離れていかないように懐柔すればいい。
そう思っていた。
あの、魔王の間で会うまでは……。
畏怖の念も恐怖心もなく、真っ直ぐに此方を見つめる灰色の瞳は好奇心に溢れきらきらと輝いていた。
顎のラインで切り揃えられたサラサラの髪は、レイルの純真さを表すかのように真っ白で……。
あの『白』を俺の色に染めてしまいたいと、湧き上がる欲望と共に強く思った。
ーー
そう思ったからこそ、玉座を降りて彼に歩み寄ったのだ。華奢な体躯に、硝子細工のような繊細で透明感あふれるその美貌を持つ、彼のもとへと。魔王たる、この俺が。
「レイルは俺が手懐ける。お前らは手を出すな」
しかし静かに何事かを考え込んでいたプルソンは、俺の言葉を聞くとゆったりと顔を上げ、その布で隠れた瞳を此方に向けた。
「ラニット。もしかしたら彼を手懐けるのは、容易くないかもしれません」
「……なに?」
現在過去未来を見通す力を持つプルソンは、魔族でありながら賢者の異名を持つ。そのヤツが口にする言葉は無視できない。
「恐らく彼は誰も信用していないし、何も期待していない。信じていないから恐れも抱かず、期待していないから絶望も感じない」
僅かに首を傾げる動きと共に、長い髪がサラリと揺れた。
「感じる心がないなら、懐柔はできませんよ」
「人間のクセに感情がないというのか。あり得んな」
ハッと鼻で嗤う。いつだって人間は冷静を装いながらも、少し脅せば感情的で無様な姿を晒してきた。
レイルもそうだ。泣いたり笑ったり、実に感情が豊かで正しく人間そのもの。その感情の起伏こそが、魔族が付け込む隙になるのだ。懐柔できない訳がない。
しかし、そんな俺にプルソンは首を振って否定してきた。
「あの子の見せる感情は、見せかけのものと思った方がいいですよ」
『何でそう判断すんのさ』
「ライラに探らせたところ、やはりレイルは人間界で冷遇されていたようです。国王もそれを知っておきながら放置していたらしくて」
「何でよぉ~。レイルちゃんの存在意義を考えたら、何としても好意をもってもらって、人間界を選んでもらう必要があったんじゃないのぉ」
グラスの中の氷をカランカランと揺らしながらアスモデウスが問う。俺はそのやり取りを、ブランデーをゆっくり楽しみながら聞くとはなしに聞いていた。
「生半可な好意ではダメなんですよ。強く、何ものにも代え難いと思わせるほどの、強い愛情。それが
「魔族以下の胸糞悪さだな。レイルはまだ子供だというのに」
何かを察知したヴィネが吐き捨てるように言うとムッツリと黙り込み、グラスの酒を
『え?え?どういうこと?僕、分かんないんだけど』
ベレトが不機嫌そうにヒゲを揺らすと、プルソンは肩を竦めた。それを横目に見たアスモデウスはつまらなそうに自分のネイルを施した爪を眺める。
「要するに強い愛情を持つように、環境を整えて対象をあてがったって事でしょ~」
「そうですね。周りが全員自分に冷たく接するなかで、唯一優しくしてくれる存在がいたら、子供はすんなり懐くのでしょうね。そのために冷遇される環境と、愛情を注ぐ役の婚約者をあてがった……といったところでしょうか」
『ああ、納得。なのに盛大に失敗した……ってことか』
「敗因は、王子殿下が予想以上におバカさんで、自分の役割を理解できていなかった事でしょうね。彼は王族だから、きっと説明は受けたはず。ただ彼の母親は側妃と聞きますし、詳しい内容は知らされていなかったのでしょう。人間の成り損ない如きが息子の婚約者になるなんてって、ずいぶん憤慨していたそうですよ。その母親を見て育っちゃうと、レイルに対しての愛情なんて湧きませんよねぇ」
そんな環境で育った結果、その場の雰囲気に応じた感情を演じてみせる器用な子供になったのでしょう、とプルソンが締めくくると、他の将軍達は呆れたように溜息をついた。
俺は黙って奴らの話を聞いていた。別に人間界ではよくある、いつも通りの胸糞悪い話だってことだ。
ならば、それを逆手に取って魔界に有利になるように動けばいい。ただそれだけだ。それだけだというのに………。
ミシリ、と。手の中のグラスが軋む。
はっとしたような四人の視線が集まる中、知らないうちに籠めてしまった力によってグラスは粉々に砕け散ってしまっていた。
魔力を帯びる魔界の砂を用いて作ったグラスの強度は高い。そのグラスが、バキン……っといとも簡単に割れる様を、四人は息を飲んで見守っていた。
「……いいか。この魔界でレイルが冷遇されることのないように徹底しろ。万が一アイツを害するヤツが現れようものなら……」
握りしめていた拳を開くと、パラパラとグラスの欠片が床に落ちていく。
「容赦なく殺す」
この腹の奥にグルグルと蠢く不可解な感情の正体も把握できないまま、俺は吐き捨てるように告げたのだった。
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