第13話 魔族の常識?
「レイル、大丈夫か?」
あれから四将軍である彼らを文字通り叩き出した魔王様は、再び僕を抱き上げて歩き始めていた。プルソンの言葉から察するに、この大事そうに抱き上げる行為もお肉を分ける行為も、過剰なスキンシップも懐柔のため。
僕なんかを懐柔して何をするんだろうと思うけど、探りを入れるつもりはない。
ーーまあ何とかなりますよ、きっと。
一人納得すると、魔王様に向かってにこっと微笑んでみせた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「……部屋へ案内しよう。今日はいろいろあって疲れたはずだ。ゆっくり休め」
「ありがとうございます。あの、ところで……」
指をモジモジと遊ばせながら、魔王様を窺うように見上げた。
今の魔王様は「優しいヒト」モードっぽいし、今のうちにお願いをしてみようかな。
「自由に過ごしていいと仰ってましたよね」
「ああ。それがどうした?」
「僕、魔界の事も魔族の事も殆ど知らないんです。なので、こちらの常識とか礼儀とか知りたくて……」
「気にする必要はないのだが。ーーで、どうしたい?」
鷹揚に頷く魔王様に、ここぞとばかりにお願いしてみることにした。
「僕を魔王様の従者にしてください!」
両手を握り拳にしてギュっと目を瞑り叫ぶように言うと、魔王様は歩みをピタリと止めた。
「ーーは?」
魔王様の低い声、再び、だ!機嫌が悪くなっちゃたのかな?
秒で機嫌が変わる魔王様は取り扱いが難しい。でもここで諦める訳にはいかない。
僕はぱっと目を開けて、必死に言いつのった。
「働かざる者食うべからずですよ!でも魔界の事は知りたいので、働きながら学びたいです!」
「………」
「え……と、ダメ、ですか?」
無言になった魔王様に、やっぱり無謀なお願いだったかなとちょっぴり後悔する。
そうしているうちに、何やらズモモモモって音がしそうな勢いで、魔王様の背後に見えない暗雲が立ち込め始めた気がした。
「お前は……」
はぁぁぁぁっと深いため息をつくと、魔王様は眉間の皺を深めた。
「一体どのような生き方をしてきたのだ。人間界の奴らに詳しい説明を受けていないのは仕方ないにしても、野宿を当たり前のように考えるわ、部屋を与えると言えば不可思議な部屋を想像するわ、肉を喰うのも久しぶりだと言うわ。挙句に働かざる者食うべからず?何故お前が働かねばならんのだ」
何故働くかって?それは勿論生きていくためだけど?
コテリと首を傾げる。
五歳で王宮に引き取られて以降、ナットライム殿下の母君である第三側妃様にそう教わって生きてきた。
生きていくたに、食べていくために、僕は五歳からずっと殿下に与えられている青蘭の宮で下働きをしていたんだ。だって、いくら婚約者とはいえ、あそこは僕のための場所じゃない。
労働の対価として、住む部屋を貰い、薄い塩味のスープと黒く硬いパンを貰って生きてきた。
極稀に殿下の婚約者として式典に出席しないきゃいけない時があって、その時は衣装代が必要だからって暫く食事がない日もあったけど。でも、それは僕にとって、普通の極当たり前のこと。
学院に入ってからは制服があったから着るものに困ることはなかったし、王宮の体面を保つために少ないながらも婚約者としての予算も貰えた。読める本は学院の図書室に沢山あったし、下働きをしなくていい分自分の時間も沢山あった。
そんな贅沢をしていたから、結局ナットライム殿下に婚約破棄を言い渡されちゃったんだよね。
あれを教訓に、ここではちゃんと自分を律して働かないと。
最終的には魔王の座に就職ですよ!
でも生きるため、なんて身も蓋もない言い方は魔王様は嫌がりそう。
ーーここは無難な言葉がいいでしょね。
「働く理由ですか?それは経験に勝る学びはないと思っているからです。魔王様の近くにいることで、沢山の方と接する事ができるでしょう?」
「ん〜」と顎に人差し指を当て、言葉を選ぶ。
「常識や礼儀作法、魔界の情勢、それらが働く事で自然と知ることができます。メリットしかないと思うんですけど」
にこっと微笑んで魔王様を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。何故??
「…………。レイル、お前の言い分は理解した。そうだな……」
カチリと、辿り着いた部屋の扉を開けながら一度言葉を切った魔王様は、そのままズンズンと室内に入り豪華な天蓋付きのベッドに僕を座らせた。
「詳しくは明日話そう。人間界と魔界では色んなものが違う。お互いの認識を擦り合わせてから、今後の事は決めよう」
真摯な金赤の瞳が、僕の灰色の瞳を覗き込む。
僕は素直にこくりと頷いた。互いを知る事は無駄じゃないしね!
「はい。宜しくお願いします」
僕の返事を聞くと、魔王様は安堵したようにホッと息をついた。そして手を伸ばし、こめかみから梳くように髪を掻き上げると、すっと顔を近付け首を傾けてきた。
まさか……っ!?と身構える間もなく、目尻に口付けられてしまった。少しカサついているけど意外に柔らかい魔王様の唇は、「ちゅっ」というリップ音をたてて離れていく。
ーーだから何で
思わず口付けられた所を押さえてワナワナ震えていると、魔王様は甘く優しく包み込むような笑顔をみせた。
「ん、素直なレイルは可愛いな。では明日迎えに来る。それまでゆっくり休むように」
愛しむような目で僕を見て、もう一度優しく髪を梳くと、魔王様は踵を返してこの部屋から出ていった。
ぱたんと扉が閉まる。
それを確認した僕は、両掌で顔を覆いふかふかのベッドにぽすりと倒れ込んだ。
「懐柔のために
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