第12話 優しさの対価

扉があったところはぽっかりと穴が開いていて、もわもわと白い埃が立っている。床には木っ端みじんに砕け散った扉の残骸と、壁だったはずの漆喰の破片が散らばっていた。


壁に埋め込まれていた筋交すじかいも根元からバッキリ折れてしまっている。 

少し時間が経って舞い上がった埃が着いた時、ガラガラと崩れ落ちる残骸の山を踏み越えて、全く無傷の四人が姿を現した。


「ちょっとぉ、ラニット、いくらなんでも酷いんじゃないのよぉ」


ああん髪に埃が付いちゃった……と嘆きながらアスモデウスが頭を振って木屑を振り払った。ヴィネもガッチリした肩に付いた漆喰の欠片を払い落しながら、ズシズシと足音を立ててダイニングルームに足を踏みいれてくる。

二人とも、魔王様からの攻撃に何の痛痒も感じていないみたい。凄い。


『うっさ!、音うっさ!!耳やられるじゃん。猫の耳は超良いんだからさ!ちょっとは気を使ってよ、ラニット!!』


ベレトは耳の良さが災いしたのか、耳をピクピク動かしながら不機嫌そうに目を細めている。猫の眉間の皺って、可愛いなぁ……。

猫のベレトですっかり癒された僕は、ほわほわ和みながら微笑ましくその様子を眺めていた。するとぐっと魔王様が僕の腕を掴んで、自分の背後に隠すように引き寄せてきた。


「呼んだ覚えはないぞ」


「いつまでも呼ぼうとしないからだろう。俺達は魔王の間で待機していたというのに、無視しやがって」


ヴィネの言葉に、魔王様は鼻で嗤う。


「必要があれば呼ぶと言っておいただろう」


ーー何だか不穏な雰囲気です。大丈夫でしょうか?


仲間なのに剣呑な雰囲気となってしまっていて、つい魔王様の上着を掴んで彼を見上げてしまった。すると魔王様は少し視線を流して、ゆるりと眦を緩めた。


「この程度は日常茶飯事だ。気にするな」


随分物騒な日常だなぁと思っていると、耳元に音にならない声が聞こえてきた。


”あまりラニットに心を許さない方が良いですよ” 


きょとんと瞬く。誰の声?

チラリと四人に視線を流すと、物静かに控えていたプルソンが此方を見ながら綺麗な人差し指を唇の前で立てた。


”ラニットの得意分野は懐柔と支配です。信頼し過ぎると後悔するのは貴方ですよ”


黒い布で覆われた目をじっとみつめる。僕の視線に気付いたのだろう。彼はふわりとこの上もなく優しく美しい笑みを浮かべた。


”此処は魔界、我々は魔族です。それをお忘れなく”


「どうした?」


無言で前を見つめる僕の頭にポンと手を置いて、魔王様が心配そうに声をかけてきた。その声に引き寄せられるように、もう一度彼を見上げる。


信頼し過ぎるな?

……でも。

裏切られることも、騙されることも「成り損ない」の僕にとっては普通の事だ。だって僕は人間に成れなかった落ちこぼれだし、裏切りなんて極当たり前の事なのに何故そんな忠告をするんだろう。


困惑した僕は魔王様の背中に擦り寄り、握りしめていた上着にそっと顔を寄せた。魔王様に隠れるようにして、ちらりとプルソンに目を向ける。彼は美しい笑顔を浮かべたまま、まだ僕を見ていた。


ーー信じれるものなんて、そんなもの………。


僕はプルソンから目を離さず、ゆるりと口角を持ち上げてみせた。我ながら随分自嘲気味の笑みになる。


ーーこの世にある訳ないじゃないですか。


信じさえしなけれは、裏切られても悲しくないって事に気付いたのはいつのことだったか………。


ーー昔過ぎて忘れちゃいましたね。


視線の先で、プルソンがはっと息を飲んだように見えたけど。それだってどうでもいい事。

思い出したように痛み出した心から目を背けるように、僕はそっと目を伏せたのだった。


視線を逸らしてしてしまった僕は、そのあとプルソンが考え込むような素振りをした事も、魔王様が僕とプルソンに目を向けて険しい目をした事にも、全く気付く事はなかった。

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