第17話 少しは耐性が付きました

あの日から、僕は魔王様の従者として働き始めた。

とはいっても、まだ分からない事が多くて、魔王様にくっついて回るだけなんだけど。


魔族といっても、王という立場はやっぱり責任が重い。

沢山もたらされる魔界の各地の情報を素早く把握し、適切に捌いていく。

そのやり取りを傍で聞きながら、僕は魔界の各領地、治める魔貴族の名前、そして特有の産業なんかを学んでいった。


来たばかりの時は魔王城から一歩も外に出てなかったから知らなかったけど、魔界はそもそも太陽というものがない。

世界における位置としては、地下にあたるから空がないのは納得だ。

空にあたる部分には、魔素が凝縮した雲みたいなのが広がっている。人間界風に言えば、万年曇り空状態かな。

その魔素でできた雲は自然に発光するらしく、その明かりのおかげで人間界の曇りの日程度の明るさはあった。常に光りっぱなしという訳じゃなく、一定時間が経つと光が一斉に消えるからその時間帯を魔界では『夜』と表現していた。


陽の光がないなら農作物はダメだし、じゃあ産業ってなにがあるんだろうなぁって思っていたら、実に魔界らしいもので収益を得ていた。


例えば魔力を蓄えておく魔石、例えば魔法陣を描く時に使う魔虫の鱗粉、例えば魔界に住む獣、魔獣から取れる毛皮や牙なんかの素材。

そして薬草。魔界には魔力の素となる魔素がふんだんにあるためか、とても効果の高い薬草が取れるんだって。そして当然ながら毒草も。


それらの品を流通させるために人間界に魔族領があるって事、そして人間界に魔族領があるように魔界にも人間領が存在しているということを、僕は此処に来て初めて知ったんだ。


今日も魔王様は眉間に皺を寄せて書類と睨めっこしている。見るからに武人の魔王様は、こういった文官みたいな仕事は苦手そうだ。

そんな魔王様の執務室代わりの部屋は、魔王城の一階の玄関ホールの真横にある。だだっ広い石造りの空間は、カーテンの掛かってない大きな窓、ラグもない床、それに机と椅子があるだけの、殺風景という言葉でも言い表せないくらい何もない部屋だった。

部屋の場所といい、内装といい、およそ魔王様に相応しいとはいえないんだけど、それにはちゃんと理由があるって教えてくれた。


「歴代魔王は非常に短気でな」


「はい?」


ーー何の話?


「魔王戦を挑む者は城門から入城した所にある石畳の闘技場を模した所で、自分が如何に魔王に相応しいか口上を述べるんだが。歴代の魔王はその口上を聞いて大概即キレる」


「キレる?え?」


短気なのも、魔王に必要な要素なの?首を傾げながら魔王様の話を聞いていると、彼はやれやれと嘆息しながら、窓の外に目を向けた。


「挑戦される度に怒り心頭で壁を蹴破って飛び出してくから、王の執務室の内装は省かれるようになった。そして以前は魔王城の上層にあったんだが、壁を壊す度に倒壊の恐れがあるってことで一階のこの場所になったんだ」


そう言われて、正面からみら魔王城を思い浮かべる。両開きの玄関扉から入って右側にあるこの部屋は、後から増築された場所らしく、城の外壁からぴょこっと一部屋だけはみ出した形だった。

そしてこの上には部屋はなく、この一階部分しかない。

これって過去の魔王様が壁を壊しても、お城が倒壊しないための措置だったのかぁ……。


ーー馬鹿ぢか……ン‘‘ン‘‘、歴代の魔王様は力が強かったんですねぇ。


へぇーと室内を見渡していると、魔王様はちょいちょいと僕を手招きして呼び寄せた。何かな?と近寄ってみると、魔王様は僕の腰に腕を回してひょいっと膝の上に乗せてきたんだ。


「魔王様?」


ふふん!最近は僕だって成長しているんだ。これくらいのスキンシップでは動揺しないぞ!

自信満々で魔王様の膝の上に座ってみせると、彼は褒めるようにゆるりと眦を細めた。


「俺の治世ももう三百年続く。一応、歴代最強を冠しているから挑戦者もいない」


「凄いんですね!」


じゃ、僕が三百年振りの挑戦者になるのかしら?とワクワクしながら魔王様を見つめると、彼は僕の額に指先をトンと当て髪の生え際に沿って指を滑らせ、耳を擽るように指を遊ばせた。やわやわと、皮膚の硬い魔王様の指が耳を嬲る度にゾクッとしたものが背中を走る。


「っつ………」


どう反応していいのか分からなくて瞼を伏せ唇を噛んで我慢していたけど、それでも妖しい声が洩れた。


「ーーんぅ……」


そんな声が聞こえたのか魔王様は満足そうに喉の奥でくつりと笑って、掌で僕の頬を包み込んできた。


「暫くはこの部屋が壊れることはないだろう。せっかくお前が従者になったのだ。もう少しお前にとって居心地いいように整えようかと考えている」


「僕、別にこのままでも……」


憐香惜玉れんこうせきぎょく、甘えておきなさいレイル。ラニットが好きでやってることなんですから」


いつの間にか直ぐ側に控えていたプルソンが、ふふっと微笑みながら書類を差し出してきた。相変わらず両目を覆っているけど、動きに淀みがない。

魔王様は頬に触れている手とは反対の手で書類を受け取りながらも、すりすりと頬を撫でる手を止めない。それをプルソンは制止することもなく、微笑ましそうに眺めていた。


「貴方が来て書類の作成スピードが格段に上がったんですよ。なのにそんな貴方の机一つないなんて、申し訳ないですしね」


にこっと笑顔を向けてくる。でも書類作成は人間界で殿下の仕事を押し付けられた結果できるようになったものだし、収支計算や表の作成も学院での殿下の課題をやっているうちに身に付いたもの。そんな褒められるような事じゃないけどな。


内心首を傾げつつも、感謝してくれるなら有難く机くらいは準備して貰おうかなと考えていた時、不機嫌そうに唸る魔王様の声が響いた。


「ーー俺を舐めてるのか……っ」


グシャリと書類が握り潰される。プルソンと話しをしている間に書類に目を通した魔王様は、眦を吊り上げ額に青筋を立てて怒りを顕わにしていた。その様子をみながらプルソンは穏やかな表情を崩さない。


「予想はついていたじゃないですか。人間は卑怯で狡猾、絶対に交渉の場を求めてくるって。むしろ遅い方じゃないですか?」


苛立たし気に眉間の皺を深めた魔王様は、くしゃくしゃに丸めた書類を掌でボっと燃やしてしまう。いつにない不機嫌さに、僕は思わす指を伸ばして眉間の皺を撫でてしまった。


「魔王様、どうされたんですか?こんなに深い皺を刻むなんて、素敵なお顔が台無しですよ?」


こてんと首を傾げて問うと、魔王様は僕の手をパシッと掴み苦々し気にいった。


「人間領からの謁見申し込みだ。厚顔無恥にもお前を返せと人間の王が言っているらしい」


その言葉に、僕はちょっとだけお腹の中がヒヤリと冷たくなった気がした。

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