第9話 美味しいお肉にありつけました!

「あの、どちらに向かっているんですか……?」


窓もなく薄暗い廊下を僕を抱えてカツカツ歩く魔王様にそっと尋ねてみた。学院を出て結構な時間が経っているはずだ。

できたら陽が暮れる前に今日の宿を確保しておきたい。


ーーまぁ雨風さえしのげたら、どこだって眠れますけどね。


でもやっぱり出来たらベッドで寝たいな、と思っていると、魔王様が僕をじっと見ていることに気が付いた。


「あの……?」


「何を考えていた?」


眉間に皺を寄せて、じっとりとした目付きで僕を見ている。


「ああ!今日の宿を探したくて。魔界は初めてですから、早めに探さないと陽が沈んで……」

「………必要ない」


被せ気味に言われて、思わず開いていた口をパクリと閉じた。魔王様から視線を外し正面を向くと、顎に指を当てて小首を傾げる。


ーーこれはもしや、野宿しろとおっしゃっているのでしょうか?


まぁ命じられたら実行すること自体はやぶさかではないけど、だったら尚更早く此処を出て寝れそうな場所を探さないと。土地勘がないから時間がかかってしまうだろうし。

そこまで考えて、はっと思いつく。


ーー……もしかしてこれは、魔王になるための試練でしょうか?だったら僕、全力で頑張ろうと思います!!


「違うからな」


「はい?」


「お前、今、絶対野宿することを考えていただろう」


「………何故お判りに?」


魔王様は読心術でもできるのだろうかと彼を見上げると、実に嫌そうな目で僕を見ている金赤の瞳とかち合った。


「顔に全部出ている。必要ないと言ったのは、城にお前の部屋を準備させてあるからだ」


「僕のお部屋をお城の中に、ですか?」


パチクリと瞬く。人間界での王宮の部屋は地下に近い所だった。魔王城の地下、もしくは地下に近い所となると、とってもおどろおどろしい雰囲気かもしれない。

とっても「らしい・・・」部屋を思い浮かべて、僕はポン!と両手を打ち合わせた。


「楽しみです!ひょっとして幽霊とか出るのでしょうか?話相手になってくれると嬉しいです!」


「………お前が一体どんな部屋を想像したのか、後で聞かせてもらおうか」


あれ、魔王様の声がとっても低くなったけど、何故かな……。


ーーどうやら、魔王様の機嫌は秒で変わるようです。気を付けましょう。


心のメモにそっと記録すると、探るように半眼で僕を見ていた魔王様にえへへと笑ってみせたのだった。




そのまま魔王様に抱きかかえられた状態で、一つの扉の前に辿り着いた。ここの扉も真っ黒だけど、サイズは少し大きいくらいの普通の扉だった。

流石に僕を抱き上げたままじゃ扉は開けれないだろうと降りようとした時、すっと内側から扉が開かれ、魔王様はそのまま中に足を踏み入れていく。


室内を見てみれは、そこはどうやらダイニングルームのようだった。

広い室内は薄暗かったけど、長い長いテーブルに等間隔に五つ頭の銀の燭台が置かれていて、廊下よりは明るい空間となっていた。

この部屋の大きな窓には全て分厚いカーテンが掛けられていて、外の景色は全く分からない。


キョロキョロと辺りを見渡している間にも魔王様は歩みを進め、この部屋の上座に位置する主のための席に到着していた。


ああ、食事をお摂りになるのかと思った時には、いつの間にか引かれていた椅子に、魔王様に抱きかかえられたまま共に座っていたんだ。いや、正確に言うなら、椅子に座った魔王様の膝の上に、僕は腰を下ろしていた。

え、待って、何で?


現状は把握できたけど、理解はできない状況に、軽く眩暈がする。

もしかしてこれも魔界の常識?いや、いくら何でもおかしくない……?


降りるタイミングが掴めずに困惑していると、鼻腔を擽るいい匂いがしてきた。

ぱっと顔を上げてみれば、給仕のために椅子の真横に立つ人影が見えた。そう、人影が見えた。人影………。


「え………?」


その人は全身真っ黒の、本当に影でできたようなヒトだった。真っ黒なスーツ、真っ黒なシャツ、真っ黒な手袋。そして真っ黒な顔。本当に真っ黒、目も鼻も口も耳もなくて、ただ人の輪郭をしたものがあるだけ。


「うわぁ、全部が真っ黒なんですね、凄いです!カッコいいです!」


魔族図鑑には載っていなかった存在に、ちょっと興奮してしまう。あんまり褒められた事がないのか、その真っ黒なヒトは照れた様子で『いやいや』と掌を振って謙遜してくる。そんな姿が何だか可愛く見えて、僕はニコニコしながら真っ黒の人を見つめた。


「………随分楽しそうだな」


ぴしりと微かな音と共に、魔王様の声が聞こえた。ぴしりって何の音だろうっと思ってテーブルを見てみると、魔王様の手にあったグラスにヒビが入っていた。


あれ、不良品かな?と眺めていると、何かを察知したのか給仕役のヒトは丁寧ながらも凄い勢いでテーブルに料理をセッティングして、脱兎のごとく去っていった。


「魔王様、あのヒトも魔族ですか?人間界で見た図鑑には載っていませんでしたけど」


「あれは魔族ではない。人形が魔力を原動力に動いているだけだ。城の使用人は全員アレ・・だぞ」


何となく魔王様が不貞腐れているように感じるのは気のせいかな?

ちょっと疑問に思ったけど、ちょうど料理も来た事だし今が魔王様の膝から降りるチャンスかもしれない。そう思って、もぞもぞと身じろぐと、魔王様は左腕を僕のお腹に回して動きを封じてきた。


「何処へ行く」


「お食事のお邪魔になるかと……」


「ならん。お前も喰え」


いつの間にか綺麗に切り分けられていたお肉が、僕の口元に運ばれる。ぱちくりと瞬いてしまった。

お肉だ!お肉だぁ!!

食欲をそそる良い匂いに、ほんのり赤みが残る肉の断面。これ以上に素晴らしい物なんてこの世に存在しないかもしれない!

匂いにつられて無意識のうちに口を開けてしまっていたみたいだ。

魔王様はひょいっと僕の口に肉を押し込んできた。

瞬間、口の中にじゅわっと広がる肉汁とソースの旨味。柔らかいながらもしっかりとした質感があるお肉の歯ごたえ。


ーー飲み込んでしまうのが、勿体ないくらいに美味しいですっ!!


感動のあまり両手で口元を押さえてしまった僕に、魔王様はどこかソワソワした様子で声をかけてきた。


「どうした、口に合わぬか?もしそうなら、好みのものを準び………」

「とても美味しいです、魔王様!」


勿体ないけど、本当に勿体ないけどゴクリとお肉を飲み込んだ僕は、美味しさのあまり滲む涙もそのままに魔王様を仰ぎ見た。


「お肉なんて、何年ぶりでしょうか!今日、ここで食べることができるなんて思いもしませんでした。本当にありがとうございます!」


「………………………は?」


お礼を言った直後、魔王様の綺麗な唇から物凄くひっくい声が洩れ出た。

あ、しまった。魔王様の機嫌は秒で変化するんだった………。

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