第10話 魔族のスキンシップって……

「肉を喰うのが数年振りとは、どういう意味だ?」


「ええっと………?」


魔王様のご機嫌が急下降した理由が分からない。僕がお肉を食べていなかった事の、何がそんなに問題なのだろう。

怒りのオーラを立ち上がらせている気配を感じて、ちょっと身を竦めてしまった。

ーーでも。


「お前は………」

「ーー魔王様。僕の名前はレイルです。レイル・アルファス」


魔王様の膝の上、お腹に腕が回されている状態で、僅かに上半身を捩って怒れる魔王様を見上げた。

別に『お前』呼びでも構わないけど、僕のためにお部屋を準備してくれたり、お肉を分けてくれる優しい魔王様には名前を呼んで欲しいな、と何となく思ってしまったんだ。


それが例えお叱りのお言葉がその後に続くのだとしても。


「ーーレイル……」


「はい」


魔王様の低い声が僕の名前を呼ぶ。呼んでもらえた事が嬉しくて、ほんのり笑みが浮んだ。

じっと僕を見下ろしていた魔王様は、やがて大きなため息をつくと、フォークを持っていた右手の指で優しく頬を突いてきた。


「話は後だ。お前はもっと喰う必要がある」


そう言うと、さっき迄の怒りを収めて、再び僕の口元に肉を運んでくれたのだ。

やっぱり魔王様は優しい。

小さく開けた口に、魔王様はそっと肉を入れる。慣れない手付きで、でも丁寧にお肉を食べさせてくれた。


魔界に来れて本当に良かったな……と、僕は心からそう思った。





カチリと微かな音を立ててカトラリーが皿に置かれる。

あれから魔王様は親鳥が雛に餌を与えるかのように、アレコレ食べさせようとしてきた。

でも長年の素食のせいで、少量でお腹いっぱいになる僕はそんなに沢山は食べられない。

お肉を数口食べた後に、ふるふると首を振って「もう無理です」とギブアップした時の魔王様の顔!


「は?」というように目を大きく見開き、僕の顔とお腹を交互に凝視していた。凝視しながら、僕のお腹に回していた手でお腹をスリスリ撫でてくる。


ーー遠慮したと思われたのでしょうか?


一瞬もっと食べた方がいいのかなと思ったけど、これ以上食べたら絶対にお腹が痛くなる。

そんなの、せっかくの美味しいお肉に対して申し訳ないし、食事を分けてくれた魔王様にも申し訳ない。だから断腸の思いでお断りしたんだ。


遠慮じゃなく本当にお腹いっぱいになったんだと理解した魔王様は、やや納得しかねる顔をしながらも、その後は豪快に自分の食事を取り始めた。


テーブルの上に沢山あったお料理は、あっという間に全て魔王様の胃袋に納まってしまった。

凄い。丸ごと一羽のローストチキンも、分厚い肉汁たっぷりのステーキも、魔魚と思われる大きな白身魚の香草ソテーも、トロリと濃厚絶品なスープも、ふわサクで香ばしいパンも、ちょっぴり少なめな野菜も、全部食べちゃってる。


ーー魔王って、これくらい食べて力を保たないと出来ない仕事なのかもしれません……。


数十分の一、いや下手したら百分の一くらいの量しか食べれなかった僕は、ちょっと危機感を抱いた。

これはちょっと訓練が必要かもしれない……。


真っ黒なヒト達に片付けられていくお皿を眺めながら、自分の弱い点を見直していると、真っ黒なヒトの一人がふと僕を見てあわあわと腕を動かした。


「?」


首を傾げる。僕が何か?

魔王様も真っ黒なヒトの動きに気付いたのか、背後から覆い被さるように顔を覗き込んできた。


「ああ、成る程」


何かに納得した魔王様は、小さく頷くとそのまま更に身体を密着させて、首を傾けてきた。


「?魔王さ……」


何ですか?と振り返り尋ねようとした時。

ペロリと生暖かなモノが、僕の唇を掠めた。


ぱちくりと瞬く。

もう一度、今度はしっかりと唇にソレ・・が這うのを見てしまった。


ーー舌?


魔王様の綺麗な唇から覗く赤い舌が、僕の唇を舐めている。

え、と?何事、かな?


全く理解が追いつかない。カチンと固まる僕の唇を親指で拭うと、魔王様はその親指も僕が見ている直ぐ目の前でペロっと舐めていた。


「食べさせ方が悪かったようだ。口の周りを汚してしまった。済まない」


何事もなかったかのように涼しい顔でそう言われてしまえば、もう言うべき事はただ一つ。


「イエ、オキニナサラズ………」


魔族のスキンシップって、ちょっと濃厚過ぎて慣れないな……と思いました。

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