第4話 護衛騎士の後悔(sideユオ)

「あのバカ息子めが……」


広い謁見の間の玉座で、陛下は頭痛を堪えるように額を押さえて呟いた。

明日から貴族学院は長期休暇に入る。俺はナットライム殿下をお迎えするために学院に向かったんだ。

その際に目にした婚約破棄などという惨状を思い出して、俺も思わず呻きたくなった。


「前からレイルの事を気に入ってはいないと気付いておったが、婚約破棄だと?あいつは王族の義務を何と心得ているのだ」


顎に指を当て、くっきりとした皺を眉間に刻み、確実に陛下の機嫌は下降の一途を辿っている。陛下の機嫌を損ねたナットライム殿下は自室での謹慎を命じられ、不貞腐れた顔でこの場を去っていた。


「して、レイルは今何処に?」


「宿にご案内し、お待ちいただいています」


「危険ではないのか?」


何が?もしくは誰が?……など、聞かずとも分かっている。レイルの存在理由も、彼に課せられた役割も、全て……。

ナットライム殿下の護衛騎士に選ばれた時に、その全てを知らされた。そして右の手の甲に沈黙の魔法陣を刻まれ、守秘義務を負ったのだ。


「彼の部屋に隠蔽の魔法陣を刻んできました。目くらましにはなるかと」


「元聖騎士パラディンであるお前が刻んだのであれば安心ではあるな。しかし……」


一度言葉を切り、陛下は夕日が差し込む窓に目を向ける。


「王宮は嫌だと言ったのだな?レイルが望まない事は無理強いできぬ。どうにかならぬものか……」


陛下の苦悩も理解できる。レイルの意志は妨げてはならぬ、と決められているのだ。

彼が王宮を拒否するのならば、引き摺って連れてくる、なんてことはできはしない。

しかし五歳の頃から見守ってきた彼は、とても素直で心優しい子だ。それに、その育った境遇ゆえに、恐ろしく人の機微に聡い。

詳しい事情を明かせなくても、説得次第では王宮に連れてくる事はできるかもしれない。


ーー『半年に一度、10ゴールド受け取っていました』


学生寮から正門に続く道で聞いた彼の言葉が耳に蘇る。

ーー半年に10ゴールド?

平民だって、ひと月の生活費は最低2ゴールド必要だというのに。平民の生活水準以下の金額しか貰えず、でも今まで彼が何かを言うことはなかった。


自分に割り当てられた予算の少なさが異常だと気付いているだろうに、訴えることができなかった彼を哀れに思う。

そして殿下からの「学院にいる間は近付くな」との命令に従い、レイルの置かれている状況を把握できなかった自分の無能さ加減にも反吐へどが出そうだ。


彼の優しさに付け込むような事はしたくないが、彼が本来受け取るべきだった物を渡すためにも、今一度王宮に来て欲しい。


「陛下。彼を王宮へ連れてくる役割を私が担っても宜しいでしょうか?」


「お前が?だが……。いや、この王宮内でもお前には少し心を開いているようだったな。であれば、お前が適任かも知れぬ。ユオ、お前に命じる。レイルを丁重に王宮へ案内するように」


「謹んで拝命致します」


恭しくこうべを垂れると、陛下の許可を受け早々に謁見の間を退室した。そのまま王宮を出てレイルを案内した宿に向かう。

隠蔽の魔法陣を刻んだとはいえ、魔術師が維持する王宮や学院に張られた強固な結界と比べると余りにも心もとない。

早く彼を安全な場所に移したくて、くように宿の入り口を潜り、彼がいるはずの部屋の扉をノックもそこそこに開けた。


そして。

その場で確認できたのは、床に飛び散るグラスの破片と床を赤く染めるほどの大量の血痕、そして目的の人物の不在……だった。

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