第33話 必要、不必要の選択

ぱっと目が醒める。

びっくりするくらい、眠気の残滓もなくて爽やかな目覚め。


ムクッと起き上がって見渡す。ここは僕の部屋だ。

窓には分厚いカーテンが引かれていて、隙間から見える外は暗い。


「今、何時なんでしょうか?」


そもそも魔族の皆さんはあまり時間というものを気にしない。だから、時間を示す物はあんまり置いてないんだよね。

……というか、人間よりちょっぴり動物的本能が強いみたいで、時間感覚はカンで何とかなるみたいだ。


残念ながら僕は普通の人間だから、時間の感覚は時計が頼り。

よいしょとベッドから降りて窓に近付く。カーテンの端を持って向こう側を覗いてみれば、灯りが灯る部屋がいくつかあった。


僕の部屋からは魔王様の執務室は見えないんだよね……。

そう考えた瞬間、記憶が一気に戻ってきて僕はカチンと固まった。


「…………………………。魔王様、と、僕?」


く………っ、口付けしちゃった記憶が………。

口付けって、アレですよね?愛する者同士がするヤツ!

いや、でも。でもでも??


ーー魔王様は僕を好き………?


いやいやいや。待て。待つんだ、僕。

あの時の話の流れはどうだった?


僕が魔王様に、『必要だと言って欲しい』って超メイワクな事をお願いして、それで何故か口付けられちゃったんだ。


『万物を司る神へ誓おう。俺ラニット・バエルを支配し操る事ができるのは、レイル・アルファスただ一人だ、と』


ふと、魔王様の言葉が蘇る。

そうか、アレは契約だ!

人間界では契約書にサインするように、魔界では契約の時にく……っ口付けするのかも!?


じゃあ、僕は一体何を魔王様と契約したんだろう?

魔王様は、僕が魔王様を支配する権利をくれた。支配?って何するのか分からないけど……。

それに対して僕が支払うべき対価は何だろう?


記憶を辿って考える。元々の話は僕に与えられた役割りについてだった。

ということは、考えられる対価は「余波を防ぐ」ことかなぁ?

魔王様は、余波は自力で何とかできるって言っていたけど、使える手があるなら使うよね。


ーー「余波」かぁ……。

僕の役割りに考えが及んで、ふと考え込んでしまった。


ーー本当に僕が『審判を下す者』なんでしょうか?


窓ガラスにコツンと額をくっつける。夜気で冷たくなった窓が、頭を冷やすのに丁度いい。

僕の一存で、あの国の存続の可否が決まる。

それは何て重い選択なんだろう……。


あの国に、強く愛する人も強く憎む人も居ないのに。その場合はどうやって決まるんだろう?


審判を下す日がいつかは分からないけど、心積もりは早めにしていた方がいいよね。


「もっと詳しく魔王様にお話を聞いてみましょうか……」


今すぐは無理でも、話だけは通しておこう。

そう思い付いた僕は、魔王様に会うべく窓から離れて扉に向かった。


把手に手をかけた時、視界の端で何かがキラリと光るのが見えた。


「なに?」


気になって近付いてみると、貴重品を納めたチェストの足元にキラキラと光る乳白色の綺麗な珠が落ちていた。

しゃがみ込んで、指先でそっと摘み上げる。


「見たことがない石ですね。真っ黒さん達がお掃除しているのに、何故ここに落ちているんでしょう?」


首を傾げる。でも僕の物ではないし、これは後で魔王様にお渡ししよう。そう考えて、ポケットにしまい込んだ。

今度こそ扉を開けて部屋の外へ出て、薄暗い廊下をゆっくりと進む。


途中で覗いた窓から見た魔王様の執務室に灯りがついていて、彼がまだそこに居ることが分かった。

本当は駆け出して直ぐにでも魔王様の側に行きたいんだけど、その……口付けを思い出してしまって、恥ずかしくてなかなか足が進まない。


あれは契約、あれは契約……。

聖典を読み上げるように繰り返し唱えながら廊下を進み、漸く執務室の前に着いた。

ノックしようと手を上げて、ふと中から話し声がすることに気が付いた。


誰かとお話中?ここでお話が終わるまで待ちたいけど、立ち聞きしちゃう事になる。出直す?でも、できたら今、魔王様に話を通しておきたいし……。

僕が逡巡していると、ベレトの声が聞こえてきた。


『で、ラニットはこれからどうすんの?色仕掛けの懐柔作戦は中止?』


「色仕掛けって!やっだぁ……無骨なラニットには似合わないわぁ……」


この女性的な喋り方はアスモデウスかな?

もしかして四将軍が集まってるんでしょうか。


「まぁ、確かに色仕掛けはラニットらしくはありませんよね。で、本当のところはどうなんです?レイルの事はあきらめるんですか?」


プルソンも居る。……けど、何か僕の事を話してる……。

嫌な予感がして、踵を返し部屋に戻ろうとした。

その時ーーーーーーー。


「……レイルは必要ない」


ピタリと脚が止まった。

これは……聞いちゃダメなヤツだ……。


そう思うのに、身体が固まって動かない。


「わさわざ取り込まなくても、レイルは魔界を選ぶ。なら懐柔する必要もないだろう」


「……あんだけ、構い倒してたのにぃ〜?やだぁ〜ラニットってばヒドイ♡」


『馴れさせるだけ馴れさせて、放置?』


「何とでも言え。繰り返すがレイルは必要ない。だが、もしもの時は戻すことも視野にいれて事を進める」


ーー僕は必要ない……。


それは、別にいい。だって全然お役に立ててないもの。

余波もどうにかできるって言われてるし。

でも、『戻す』って何?何処に戻されるの?


ーーまさか人間界へ、ですか?魔王様……。

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