第6話 こんなの、絶望でしかありません
「あ、はしゃいでしまってスミマセン」
ぽかんと口を開けたまま、此方を凝視するライラに慌てて謝る。
ここで彼の機嫌を損ねて、魔界もしくは魔族領行きが中止になるのは避けたいのだ。……主に金銭的理由で!
ぺこりと頭を下げる僕に、ちょっと復活したライラは何か納得できないという顔で首を傾げた。その何気ない表情や仕草なのに、ただでさえ艶めかしい容姿に追加で色気が漂い始める。
本当にライラって退廃的な美人だよねぇ……。
「ねェ、ボク、魔族って言ったよネ?夢魔って言ったよネ?え、夢魔の上位種だって言ったよネ?」
「はい、聞きました……よ?」
つい先程の自己紹介を秒で忘れるような残念な頭じゃない。
僕はライラの目をしっかり見つめて頷いた。
「え?じゃ何で怖がらないノ?」
「え?怖がった方がいいんですか?」
思わず質問に質問で返してしまう。
ーーもしかして、初対面の相手には怖がってみせるのが魔族的礼儀なのでしょうか?
いや、でも僕は魔王を目指すわけだし、未来の王様がいちいち怖がってみせるのは、なんかちょっと………。
これは魔界に行ったら、あちらの礼儀作法から学ぶ必要があるな、と心に刻む。
「ねェ、君、ちょっとオカシイのかナ?」
「はい?」
「夢魔の上位種であるボクがこの場にいるのに、下位種のナイトメアが勝手に動けるわけないジャン。君を襲わせたの、ボクだヨ?」
にやりと露悪的な笑みを浮かべている。その顔をきょとんと眺めた。
「えっと、知ってましたけど?」
「え?何を?」
僕の言葉が理解できなかったのかライラは、にやにや笑いを浮かべたまま聞き返してくる。
僕はもう一度彼に向かってゆっくりと言葉を紡いだ。
「だから、貴方がナイトメアに僕を襲わせたことを、です」
「………………」
その瞬間、スンっと彼の表情が抜け落ちる。
「ナイトメア、実物を見るのは初めてでしたけど、学院の蔵書に魔族図鑑があって載ってたんですよね。その特性も書いてありました。あの状況でお二方が無関係なんてありえませんから」
ナイトメアも夢魔も個別で能力を持つ魔族だけど、理由があれば共働する事もある。まぁ共働と言っても、上位種が下位種に命令するんだけど。
主にナイトメアが、定めた相手に悪夢や恐怖を与えて動揺を誘う。その心の隙を狙って夢魔が、毒のように甘い誘惑を仕掛けて獲物を
にこっと微笑むと、僕はサイドテーブルに置いてあるグラスを持ち上げて床へ落としてみた。
華奢なデザインのグラスは、床に触れ弾けるように砕け散ってしまう。ーーーーでも音は一切しなかった。
「成る程、もう此処は夢の中なんですね」
いつの間に……と感心して辺りを見渡す。現実の世界と何一つ変わらない、ちょっと良い宿の一室だ。
夢は彼らのテリトリーだから、僕が何かをしてもそこに変化を齎す事はできないはず。
そう思って試してみたんだけど、正解だったみたい。
チラッとサイドテーブルを見ると、割れたはずのグラスが元の華奢な姿を取り戻し、何事もなかったかのように存在していた。
「ーー僕たちを怖がらないナんて、君、何者ナノ?」
どうやら警戒されてしまったみたい。これで魔界もしくは魔族領に連れて行くのを止められると、凄く困る。本当に困るんだよね、主に金銭的に!
「あ、ただの人畜無害な『成り損ない』です」
「………………意味わかんナイ……」
もう取り繕う事を諦めたのか、脱力したようにライラは項垂れてしまっていた。
★☆★☆
「じゃあ、君は魔界に行きたいんダ?」
「はいっ!」
さっき迄何故だが落ち込んでいるように見えたライラは、僕が『是が非でも魔界に行きたい』アピールすると、少し機嫌を復活させた。
「生家はとっくに追い出されてますし、婚約も破棄されましたし、今までの住んでた所も追い出されましたし、婚約者だった方に魔界に行けと言われたので、是非!」
「え、待って?ちょっと待って?情報、情報多すぎだからネ!」
一つずつ指を折り曲げながら現状を伝えると、ライラは零れそうなくらい目を見開いて、冷や汗を流しながら両掌を僕に向けて振った。
そして僕の言葉を反覆して、凄く嫌そうな顔になる。
「ナニ?君の
「う〜ん………下劣というより、何も考えてない『お馬鹿』さんっていう感じです」
ヒョイっと肩を竦めて見せると、ライラは「やっぱリ、人間ってわかんナイ」と呆れたように呟いた。
よしよし、この様子だと問題なく連れて行って貰えそう。
にんまりとほくそ笑むと、腕を組んでブツブツ独り言ちている彼に、行くのは『|ご
なのに……。
「ウン、君を完全に現実と切り離せてなかったから、向こうの床も血塗れだし、君が割ったグラスも割れたまんまだからネ!見付かったら怒られちゃうネ☆ややこしくなる前ニ出発〜!」
「え、血塗れって……っ!?」
「エヘ♡君を取り込もうと思って、ナイトメア犠牲にしちゃっタ♡」
「要するに、仲間を本当に殺しちゃたの!?」
「そうなるネ!仕方ないヨ、大事の前の小事、だネ!」
悪びれる様子もなくペロリと舌を出して戯けてみせたライラは、僕の腕をむんずと掴むとにっこりと笑った。
「じゃ、行こうカ!」
流れる砂のように周りの景色が輪郭を崩していく。「あ!」と思うまもなく、僕は見知らぬ場所に移動させられてしまっていた。
「あ……あ…あ…、」
「ナニ、ナニ?転移は初めテ?気分ワルイ?」
人間的な常識のないライラも流石に気になったのか、ひょいと僕の顔を心配そうに覗き込んた。
その退廃的な美貌を愕然と眺めた僕は、やがて受け入れ難い現実に思い切り叫んでしまっていた。
「僕のお肉ーーーーっっ!!また食べてませんっっ!」
「………………………………………………………………………え、なんて?」
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