第35話 僕、決心しました!

魔王様は僕を抱っこしたまま薄暗い廊下を進み、僕の部屋へと辿り着いた。

扉を開けて中に入ると、スタスタとベッドへ進む。その最中に低い声で小さく何かを呟いたと思ったら、僕の着ている服が寝衣へと変わった。


魔族の人達って入浴の習慣なないのか、大抵は身体に浄化魔法をかけて済ましてしまう。

今も寝衣に変えるだけじゃなくて、ちゃんと浄化魔法をかけてくれたみたい。汗をかいていた肌もサラサラになっている。僕は腕を片方の手で擦りながら魔王様を見上げた。


「ありがとうございます」


にこっと微笑めば、魔王様は静かに僕をベッドに座らせ、身を屈めて瞳を覗き込んできた。


「ーーいつから話を聞いていた?」


その問に、僕はぱちりと瞬く。

あ、うん。立ち聞きしてたの、やっぱりバレてるか。


「……色仕掛けがどうとか、僕は必要ないって辺りからです」


僕の言葉に、魔王様は眉間のシワを深めてため息をついた。

そして隣に腰を下ろすと、僕の腰に手を回してぐっと引き寄せてきた。結構強い力だったから、バランスを崩して魔王様の胸にもたれ掛かる形になってしまう。


「………それで?」


腰に回した手はそのままに、もう片方の手の指で僕の顎を掬って持ち上げた。


「え?」


「話を聞いて、オマエは何を思った?」


心の奥の奥くを暴くように、金赤の瞳でひたっと見つめられる。


何を思う……か。魔界に残るための手段は考えていたけど……。

僕にとって、自分の気持ちを言葉で表現するのは本当に難しい事だ。


そろりと視線を逸らせば、如何にも気に食わないといった感じで顎を掴み、視線が合うように顔を傾けさせてきた。


「ーーーー言え」


「言うの、今じゃないないとダメですか?」


「何故だ?」


「僕は今まで、自分の気持ちを表に出すなって言われてきました。だから今すぐ言葉で表現するのは難しいんです」


「……そうか」


魔王様は思案顔になって口を噤んだ。そんな魔王様を見ていたら、明日実行するつもりのコトがふと浮かんだ。

そうか、アレ・・の時に、自分の気持ちも言葉にしてみてもいいかもしれない。

上手くいくか分からないけど、僕の気持ちを魔王様に伝えるには丁度いい。


そんな事を考えていると、魔王様は僕を胸に抱き込み、そのままベッドへごろっと寝転がった。


「魔王様?」


「言葉にするのが難しいなら、練習をしないとな」


「ーー必要ですか、練習?」


「ああ……。俺がオマエの気持ちを知りたいからな」


サラリと口説くような事を言う。

さっきは同じ口で『必要ない』って言ってたのにね。

不貞腐れた顔を見せたくなくて、僕は魔王様の胸に額を押し付けた。


「オマエの行動は、言葉より如実に気持ちを伝えてくるな」


魔王様の指が僕の耳を擽るように撫でてくる。擽ったくて肩を竦めて身を捩ろうとしたけれど、魔王様はそれを許さない。

ガッチリと腰を抱えて、身動きを封じてきた。


「今、俺に顔を見られたくないんだろう?……ということは、オマエは俺達の話を聞いて不満か不快感を抱いた。そしてその結果、オマエは今、不貞腐れている、といったところか……」


正確に言い当てられて、僕は魔王様の胸に顔を埋めたままビクっと身体を震わせる。

バ……バレてる………!?


「ほら、今も。言い当てられて驚いている」


クスっと笑う声が微かに聞こえた。


「思いを言葉にしてくれたら、俺も弁明できる」


「………弁明?」


不貞腐れているのがバレちゃって、恥ずかしくて顔が上げられない僕は、そのままの体勢でオウム返しに呟いた。


「そうだ。言い訳くらいさせてくれ。一人で完結してしまうな」


「一人で完結するのはダメな事ですか?」


「ダメではないが、俺が淋しい」


ーー淋しい?魔王様が?


強くてカッコいい魔王様に、そんな感情があるはずがない……。思わず、ぱっと顔を上げる。


「やっと顔が見れた」


見上げた魔王様はゆるりと眦を細めて、優しく僕を見守っていた。


「信じられないって顔をしているな。だが、これが見た目では分からない俺の気持ちだ」


ちょん、と指で僕の唇を突く。


「ココは、食事を取る時と、口付けの時にしか使わないモノじゃない。互いに歩み寄るためにも使うモノだ」


『口付け』の言葉に、少し赤くなる。でも………。

互いに歩み寄るために使うモノ……。

その言葉には納得ができる。だから僕はコクリと頷いた。


「……明日、僕の言葉を聞いてくれますか?」


「勿論だ」


腰にあった掌が背中に移動して、あやすようにぽんぽんと軽く叩かれる。

それが思いのほか気持ちよくて、僕は次第に瞼が重くなりウトウトし始めてしまった。


明日、自分の気持ちを声に出して正直に言ってみようと思う。


ーー魔王様、僕の言葉を聞いてどんな顔をするんでしょうか。楽しみです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る