第28話 過剰なスキンシップ再び……

ベッド上でゴロゴロ転がる。


魔王様が「全てを話す」って約束してくれてから、既に7日が経った。その間、僕が何をしていたかっていうと……、何にもしてない。

何にもしてないんだよ!

魔王様自らのお世話してくれるのを、ただ享受しているだけ。


食事だって魔王様が部屋まで運んでくれる。そしてベッドの上で僕を背後から抱きしめて、せっせと食べさせてくるんだ。

えっと、ちょっとおかしくない?


「どうした?食欲がないのか?」


黄金色のスープをスプーンで掬い口元に運びながら、魔王様は心配そうな声で尋ねてくる。

その声に、はっと我に返った僕が目の前のスプーンにそっと唇を付けると、魔王様は「よし」とでも言いたげに頷いた。


「あの、魔王様?僕、すっかり元気なんですけど……?」


ソロリとお伺いを立ててみる。

魔王様は真後ろにいるから表情が見えないのが怖い。

だって最近の魔王様って、ちょっと取り扱いを間違えると、えっと、何て言うか……実力行使?に出てくるようになったんだ。

一度ベレトの診察が終わった後にこっそり部屋を抜け出してみたら、どこからか姿を現した魔王様に速攻、元の部屋へ連行されてしまったんだよね。

しかも有ろうことか、ガッチリ腕の中に囚われて添い寝までされてしまった。


「……………」


うん、何にも返事がない。

魔王様は黙ったまま、空になった皿にカチリとスプーンを乗せると、サイドテーブルの上にあるトレイに置いた。

そして僕を囲い込むように両腕を腹の前に回して指を組む。


「……魔王様?」


少し身を捩って魔王様を見上げる。魔王様は僅かに目を細めてじっと僕を見下ろしていた。


「元気、か。そうか……」


言葉と共にお腹で組んでいた指が解かれ、シャツの一番上のボタンをふつんと外してきた。

あれ?と目で魔王様の指の動きを追う。

一つ二つとボタンを外していき、最後の一つを外すとゆっくりとシャツの前をはだけた。


「ーー見てみろ」


声が左耳のすぐ近くで聞こえる。ぴくっと肩を震わせるていると、魔王様の指が顎の下から首を撫で、鎖骨を辿り、ゆったりと胸へと降りてきた。

ゾクンとした感覚が背中を走る。洩れ出そうになる声を唇を噛み締めて必死に耐えていると、魔王様の指がピタリと止まった。


「この傷はまだ癒えてない……」


右肩辺りからザックリと斬られた跡。

肉は盛り上がり大分治ってきていたけど、傷周りの皮膚はまだ炎症を残していて赤く熱を持っていた。


「他の傷は俺の魔力のせいで付いたものだったから、ベレトが治せた。でも、これは違う……」


傷をそろりと指先で辿る。


「ーーーーーっ……」


表現できない感覚に襲われる。

……何だろう。

触られるとジクジクと痛むのに、痛みの中にほんの少しだけ痺れるような甘い疼きが生まれる。


「これは王宮の駄犬が付けたものだ。ヤツらは人間界に出没する魔獣を狩るために、神殿で祝福を受けた剣を持っている。それで斬られた傷は、魔族のベレトでは治せない」


左の脇腹まで続く傷を、何かを確かめるように緩急を付けながら、なぞるように指を這わせていく。


「……ぅ……っ」


抑えきれない声が洩れ出てしまって、僕は恥ずかしさの余り目をギュと瞑り俯いてしまった。

左の頬に温かなモノが触れる。何だろう?とそろりと薄目を開けて視線を動かすと、魔王様が自分の頬を僕の頬にくっつけていた。


「指で触れただけで痛むのに、『元気』とは……。レイル、俺に対して我慢だけは絶対にするな」


静かな囁きに、僕はコクコクと頷くだけで精一杯。


ーーこ……これは、何時もの過度なスキンシップの一環でしょうか?それとも懐柔作戦の続き?


バクバクと激しく鳴る胸の音が魔王様に聞こえてしまいそうで、僕は思わず胸元を手で押さえてしまった。


「これに……」


僕の緊張を知ってか知らずか、魔王様が言葉を紡ぐ。

ツンと指先で弾くように転がされたソレ・・は、ユオ様が本から形を変えてくれた真紅の石だった。


聖騎士パラディンの力が籠められている。業腹ごうはらではあるが、それが痛みを和らげて剣の傷を癒やしているんだ」


「これが?」


指で石を摘み持ち上げる。マジマジと見つめていると、僕の指ごと魔王様の掌に包み込まれた。


「………そんなに見るな。その石に嫉妬してしまうだろう?」


思いがけない魔王様の言葉に、僕はぱちりと瞬いてしまった。

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