第23話 魔王様の焦り(sideラニット)前編
だだっ広いだけの執務室代わりの部屋で、俺は机に両肘を付いてカーテンの付いていない窓から外を眺めていた。
前魔王を魔王戦で倒し、俺がこの座について三百年。
今まで誰一人として、窓の向こうにある広場で魔王戦に挑まんと口上を述べる奴はいなかった。
我こそは!と魔王戦に挑もうと城内に足を踏み入れた魔族もいたが、大体が広場に辿り着く前に俺の覇気をモロに受けて、恐怖心のあまり尻尾を巻いて逃げてしまっていたのだ。
レイルへの説明では省いたが、この場所に執務室がある理由は、魔王戦に挑もうとするヤツを真っ先にこの覇気で迎え撃つためでもある。俺の覇気にすら耐えられないのなら、そもそも俺自身が戦う価値はない。
いろいろな無駄を省いた結果、この場所が魔王の執務室代わりとなったのだ。
「ーーーーふっ………」
不意に笑いが出て、口元を指で押さえる。
まだレイルに魔王戦の話をする前。従者になったばかりの時に、アイツはプルソンと共に城のあちこちを探索し、あの広場に立ったことがある。
四将軍のプルソンですら、広場に立つことはできないというのに。
しかしレイルは俺の覇気など全く気にする様子もなく、無邪気な顔をして「僕、魔王になってみたいです!」と元気に言い放っていた。
なんと可愛らしい口上なのか。
過去の挑戦者の記録を綴った書物にだって、これほど愛らしい挑戦の言葉なんてないはずだ。
そう思い、目じりを緩めて……、俺ははっと我に返った。
「………クソっ」
グシャっと髪を掻き上げる。
いつの間にかアイツの事を考えている自分が苛立たしい。
確かにレイルの存在は、この世界において非常に重要なものだし、魔族にとっても必要な存在だ。
だが我々魔族は膨大な魔力に恵まれている分、人間のように必ずアイツがいないとダメだという程ではない。
ただ居れば有利に事が進む、ただそれだけだ。
だというのに、レイルが姿を消してまだ数日しか過ぎていない状況で、俺は何故こうもアイツの事を考えているのか……。
イライラしながら、机に置かれた書類を手に取った。
ーー気にする必要はない。
いくらアイツが人間界で冷遇されていたといっても、人間の王も馬鹿ではない。プルソンの言う通り、恐らく定めた一人の人間に強い執着心を持つようにと、特殊な環境を作り上げ囲い込んでいたに過ぎない。
まぁその計画も、予想を遥かに超える王子の無能っぷりによって頓挫してしまったようだが。
ーー殺されはしないはず……。だが……。
レイルの体調は大丈夫だろうか……。
魔法陣で転移した場合、多少時間軸が前後にズレるという弊害が生じる。その影響で体力のある魔族であっても、体調を著しく損なうくらいのダメージを受けるのだ。
ましてや、あれ程細くすぐに儚くなってしまいそうなアイツならば尚更……。
気付けば再びレイルの事を考えている自分に、苛立ちを通り越して呆れてしまう。
「一体俺はどうしたというんだ……」
はぁ……とため息を付き、手にしたまま見ることすらしなかった書類を机の上に放り投げた。
ーーくそっ!気になって何も手に付かん……。
積み上げられた書類を睨みつけ、少し気分を変えようかと立ち上がった。
その時ーーーーーーー。
「ッッッつ!!!?」
バツッッ!!と鈍い音を立てて、身体の内側から爆発したように左腕が肩の部分から吹き飛んだのだ。
爆ぜた木の実のような断面から血飛沫が噴き上がる。
『っラニット!無事っ!!?』
耳のいいベレトが扉を蹴破り飛び込んできた。後にプルソンも続く。
「
珍しく必死の形相の二人に、俺は何も言葉を返すことができなかった。
何故なら、これは………。この、魔力は……。
『え、待って?何で傷口からラニットの魔力の気配がすんの!?』
ヒクヒクと鼻を動かしてベレトが怪訝そうな顔になると、プルソンも「あれ?」と首を傾げる。
「本当ですね。これはラニット自身の魔力攻撃です。どおりで魔王戦が始まったかと思うほどの力を感じたわけですよ」
何が起きたか理解できない二人を捨て置き、俺はばっ!と勢いよく空を振り仰いだ。
「ーーレイルっ!!?」
『ちょっ!ラニット、動かないでよ!今、治療してやるからっ』
慌てるベレトを無視して、俺は体内に巡る魔力を左腕があった場所に向けて一気に流れ込ませた。
メリメリメリっと骨や肉が軋む。
ギュニュヌヌヌっと耳を塞ぎたくなるよな
血管や筋肉が剥き出しの状態ながら、腕の形を取り戻したのを確認した俺は一気に跳躍し魔道に身を滑り込ませていた。
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