第39話 終わりの始まり

 プルソンが渋い顔を隠しもしないで執務室を訪れると、ラニットは手にした書類から顔を上げて眉間のシワをくっきりと深めた。


「ーーーー何だと?」


数日前に魔王交代が成立し、魔界全土にその旨が布告された。


魔族にも階級制度はあるらしく、王の次に大公、そして公爵、侯爵、伯爵、騎士があって、上位魔族として『魔貴族』と呼ばれてるそう。

そんな魔貴族達が次々に祝辞を述べに魔王城を訪れてくれていた。


僕を魔界に連れて来てくれたライラとも久し振りに会えたよ。

ライラって伯爵様だったんだ……。若いのに凄いねって言ったら、「ボク、二百歳なんだケド……」って複雑な顔をされてしまった……。


今日もプルソンが書類も持たずにここを訪れてきたから、誰かのご挨拶を受けるのかな?と思ったけど、どうやら違うみたい。


二人共厳しい顔になっているから僕は少し心配になった。片付けるために手にしていた書類の束をそのまま抱えて、ラニットの側へ近付く。


「何かあったんですか?」


新しく魔王になったとはいえ、僕はまだ魔王業務の引き継いでなくて、ラニットが全てを片付けてくれていた。

だからまつりごとには口出ししないようにしてたんだけど……。


ラニットが座る椅子の横に立った時、二人の視線が一瞬僕に向いたんだ。


ーーこれって絶対僕に関係する事ですよね?


プルソンがラニットへ視線を流すと、ラニットは僕の腰に腕を回して自分の方へと引き寄せた。


「この前、オマエが人間界へ拉致された事があっただろう」


ああ、ユオ様の魔法陣で人間界に渡った日の事かな?

小さく頷くと、ラニットは嫌そうに口元を歪めた。


「あの日俺の足止めを画策した奴らを、牢にぶち込んでいるんだ」


「足止め?」


僕は首を傾げる。転移の魔法陣はお祖母様の本に仕込まれていた。僕がいつ本に触れるかなんて、彼らに分かるはずもないのに?


「オマエは自分の心を鎮める時に、気に入った書物によく触れていたそうだな」


「ーーはい……」


そんな事を向こうの人達は知っていたのか。僕の事なんて無関心だと思っていたけどな。


「あの日、オマエの母が危篤だと偽りの情報を与える事で、動揺を誘うつもりだったようだ。その上で俺との謁見を強く願い、俺とオマエを引き離した」


そうだったんだ……。

正直、両親に思い入れはないから動揺する事はないんだけど、多分僕の性格も読んだ上での企みだったんだろう。


人間界に戻されるかもって不安を煽られたのは確かだもの。

だからこそ、僕はお祖母様の本を開いたんだ。


「………それが何故今になって問題になるんですか?」


「新たな魔王誕生に際し、奴らに大赦を与えろと言ってきたんだ」


「大赦を……、それって犯した罪を許して解放しろって事ですか?」


「そうだ」


可怪しい。だって大赦って、慶事があった国が下すものじゃないか。何故他から要求されるの?


「誰が大赦を要求しているのか伺っても?」


「…………大公だ」


短い答え。大公って確か………。


「人間界の魔族領を取り纏めている方ですよね?」


「ああ………」


「それって、人間界の方から何か圧でも掛かったのでしょうか?」


魔族領といえど人間界の一部だから、色んなしがらみがあるのかもしれない。

考え込んだ僕を、ラニットはヒョイっと抱き上げて膝の上に座らせた。


「大公は人間を激しく憎んでいる。全ての人間はこの世から消え去るべきというのがヤツの持論だ」


「そんな方が何故魔族領の取り纏めをしているんですか?」


僕の問いに、ラニットとプルソンはチラリと目を合わせた。

そして僕に視線を戻すと、指先で大事な宝物に触れるかのようにそっと額にかかる髪をはらい、そのまま指を滑らせ頰を包みこんだ。


「……アイツが魔族領に居るのは、ヤツに与えられた制裁だ」


「制裁……?」


物騒な言葉に、僕は目を見張る。大公位なんて魔王の次に偉い人なのに、何故……。


「今、人間界が荒れてオマエという『審判を下す者』が現れただろう?」


「ーーーはい」


話の流れが分からなくて、僕は訝しみながらも頷いた。


「前回荒れたのは魔界だった。今から三百年前の話だ」


三百年前ってラニットが魔王の座に着いた時と同じ頃だ。

これってたまたま?


「その時に現れた『審判を下す者』を人間達がそそのかして…………………そして殺した」


「!!!」


僕は息を飲んだ。な……何てことをっ!!


「それを見て、ヤツは逆上し人間界で大量殺戮さつりくを行ったんだ」


「何でそんな事を……」


最後の救いと言われる『審判を下す者』を奪った人間が憎いのは分かる。でも理性あるはずの大公が殺戮さつりくなんて事を何故したんだろう。


「その時の審判を下す者は、大公の最愛の者だったんだよ」


その言葉から受けた衝撃は大きくて、僕は言葉を失くしてしまった。

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