Ⅳ-05 エピローグ
首都のはずれに、黄金色の麦の穂がゆれるころ。
サラ女王陛下は無事、かわいい女の子をご出産された。
そしてその2ヶ月後。
わたしも無事に、出産を終えた。
「まあ、まあ、なんて可愛いの!!」
「ふふ、陛下。お顔が近いです」
王宮から、「機を見てダイアナ王女殿下に会いに来てほしい」との手紙を受け取った。
乳飲み子を連れての外出に緊張していたけれど、馬車で自宅まで迎えに来てくれたので、難なくここまで来ることができた。
「
「あァー! ちゃ、ちゃっ!!」
「ダイアナったら、ティアナの魔法に夢中ね」
ダイアナ王女はずり這いをしながら、魔法でできた水の蝶を追いかけている。まだ生後半年なのに、とても活発でほほえましい。
まだ首が据わったばかりのうちの子は、そのようすを不思議そうに眺めている。
「ティアナの子が同い年で、ほんとうによかった。幼馴染として育てましょうね」
「ふふっ、はい。月に1回は、遊びに連れてきます」
「月に2回よ! 私の一番の、息抜きの時間なんだから」
サラ女王陛下は、戴冠後も出産後も変わらぬご様子だった。
すでにご公務を再開されているものの、たまの息抜きにこうしてわたしを王宮に呼び寄せては、ママ仲間としてのお喋りを存分に楽しまれているご様子だった。
並木通りで、馬車を降りる。
日曜は【
店の外のベンチに、腰かけた。
約束の時間より15分もはやく、着いてしまった。ジェミニを待ちながら、並木通りのプラタナスの木々を見上げる。
琥珀、シトリン、トパーズ、ジルコン、オレンジガーネット……
色づいた葉から、秋を彩るのにふさわしい宝石を思い浮かべる。
プラタナスの真下ではダイヤモンドリリーが咲き誇り、その白い花弁をきらきらと光らせている。
ダイアナ王女のお名前にちなんで夏に植えられたダイヤモンドリリーが、秋になりようやく花をつけたのだ。
「ピンクトパーズ!」
聞き覚えのある声に、振り返る。
「あら、カーライルさん! それに……お母様?」
「まあ、あのときの魔女さん!
あらあら、やっと産まれたのねぇ。ハイハイ~、おばあちゃまでちゅよ~っ」
ベンチで休むわたしに声をかけてくれたのは、カーライルさん。
そのお隣りで笑顔の花を咲かせるのは、カーライルさんのお母様だった。
「あれから少しずつ元気になって……ひとりで歩けるようになったんだ」
「すごい! 頑張られたのね、お母様」
腰が曲がり、支えなしには歩けなかったお母様。いまではぴんと背筋を伸ばして、華やかな桜色のスカーフを首に巻いている。
左手の薬指には、あの時のピンクトパーズが煌めいている。
「今年は数十年ぶりに、家族で桜を見にいったの。この指輪のピンクトパーズと同じくらい、うつくしかったわ!」
「医者も驚くほどの、回復だ。やはりあなたの磨く宝石には、願いを叶える魔法がかかっているんじゃないか?」
お母様とカーライルさんは、興奮ぎみに声を上げる。
そのようすが嬉しくて、わたしは思わず笑みをこぼしながら答える。
「わたしの研磨に特別な力があったとしても―――カーライルさんのお手紙がなければ、お母様に宝石をお届けすることはできなかった。
だれかのおかげと言うなら、ご家族の想いのおかげで、お母様は救われたのです」
わたしが言うと、お母様とカーライルさんは目を合わせて笑った。
ホリデーシーズン明けに仕事を再開したわたしは、お腹が大きくなるまで仕事を続けた。
【StellaMare《ステラマーレ》】が、お手紙をくださった方限定で仕事をお請けしているという噂は、すこしずつ広まった。
それ以降、〖親愛なるピンクトパーズへ〗の書き出しではじまる仕事依頼の手紙は、日に日に増えていった。
「ピンクトパーズ!」
手紙ひとつひとつに目を通し、少しずつ依頼を請け。
そのうちに、街ゆく人からも声をかけてもらえるようになった。
「彼女にプロポーズを受けてもらえた。君の宝石のおかげだよ」
「わたしは、石を磨いただけです」
「あんなに素敵な指輪を贈られたら、はいと答えるしかできないわ」
『プロポーズを成功させたい』という、依頼もあれば。
「やあ、あの後……妻と仲直り、できたよ。君の宝石のおかげだ」
「わたしは、石を磨いただけです」
『奥さんと仲直りしたい』という、依頼もあった。
「やぁ、ピンクトパーズ!
今度娘が結婚するから、君に研磨を頼みたいんだ」
「私も! 大切なパーティーがあるの。絶対に振り向かせたい人がいるのよ」
石は、こころだ。
研磨師であるわたしの想い、宝石の持ち主となる方の想い。
想いをのせて、わたしは磨く。
「では、お手紙をくださいな。
きちんと読んで、順番にお返事を致します」
運命のはじまりとなる手紙を、わたしは大切に受けとめる。
そしてひとつひとつ、磨きあげたこころを返す。
そのこころは、内側からひかる。
周囲のひかりをうけ、さらに、光り輝く。
「ティア!」
「ジェミニ」
息を切らし駆け寄ってくるのは、わたしの愛おしい人だ。
「寒くなかったか?」
「はい。秋風が心地よくて」
ジェミニはわたしの背中に腕をまわしてハグをすると、当然のように唇にキスを落とす。
「あぁ、愛しいジェイドに、メイジー!」
そして、我が子たちの額にもちゅ、ちゅとキスを落とす。
「いくら王宮からの呼び出しと言ったって、双子連れじゃ大変だったろう。せめてローレンスを連れて行ってくれよ」
「馬車での移動だったから、まだ一歩も歩いていないんです。それに、前と後ろでおとなしくしていてくれるので」
4ヶ月になる可愛い娘と、可愛い息子。
首が据わったのでようやく、おんぶに抱っこで外出できるようになった。
おんぶ紐でおぶわれていたジェイドを、ジェミニが抱きかかえる。
メイジーもパパに気付いたのか、「あ、あ」とジェミニに向かって手を伸ばす。
「仕事は落ち着きましたか?」
「あぁ。2号店の出店地がようやく決まりそうだ」
「すごい。今日はお祝いですね」
わたしが言うとジェミニは笑って、あいたほうの手でわたしの手を握った。
そっとその手を、握り返す。
「結婚式も、今日くらい良い天気になるといいな」
「そうですね。陛下も出席したいと仰って、
「さすがに女王陛下を呼ぶわけにはいかないさ」
「変装して紛れこむと、仰ってました」
「サラ女王なら、やりかねないな」
くすくす笑いあいながら、並木通りをゆったりと歩く。
プラタナスの葉のすきまから、西日がちらちらとのぞきこみ、眩しくひかる。
この先に待つ未来のように、あかるく、やさしいひかりだった。
愛しい家族と、あたたかいひとびととともに。
わたしはこの街で、第二の人生を、生きている。
〖親愛なるピンクトパーズへ〗
─並木通りの宝石研磨師は願いを叶える魔女らしい─ fin.
💎長らくお付き合い頂きまして、ありがとうございました。第一部となる今回のお話はこれにて完結です。
💎「嫁入りからのセカンドライフコンテスト」応募作です。感想や評価を頂けると、嬉しいです。良かったら宜しくお願い致します。
〖親愛なるピンクトパーズへ〗 ─並木通りの宝石研磨師は願いを叶える魔女らしい─ pico @kajupico
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