Ⅱ-03 ふしぎなひかり






 仕事を終えた研磨師たちを見送り、研磨工房で実際に研磨カッティングをさせてもらう。


「……かなり手際がいいな」

「父の作業を、いつも横で見ていたので」


 研磨しているのは、内包物インクルージョン(原石の中の不純物)が多く売り物にならない紫水晶アメシストの原石。

 初歩的なカボションカット(なめらかな丸い山型の研磨方法)に挑戦している。


 研磨用の装置の使い方がわかれば、あとは視覚と手ゆびの感覚にたよるだけだった。


 研磨剤を粒の大きいものから小さいものへと入れ替え、表面を滑らかにしながらかたちを整えていく。


「いいんじゃないか。均整もとれている」

「本当ですか? よかったです……!」

「このまま仕上げ磨きを……」


 角度を変えながら石を眺めていたジェミニの言葉が、突然とまった。


「どうかしましたか?」

「この石は……なぜ、光っている?」


 ジェミニは眉間にめいっぱい皺を寄せて、言う。

 ジェミニの言葉の意味がわからず、ジェミニがかざした紫水晶アメシストを横から覗きこんだ。


 ジェミニが片手で蝋燭の火の灯りを遮る。

 影につつまれてもなお、石は輝きを放っていた。


 まるで、石がかのように。


「わ……わかりません。そういう石なのでしょうか」

「そんなはずはない。これはただの紫水晶アメシストだ」


 強い光ではないものの、暗闇にあればその居場所がわかる程度の光を帯びている。

 むかし川辺で見た蛍の光のような、もしくはそれよりも弱い、ほんとうにほのかな光。


 ジェミニに促され、仕上げ磨きまでおこなった。それでも変わらず、石はほのかに光り続けている。


 ためしに、ほかの種類の石も研磨してみることにした。結果は同じで、やはり研磨の途中からほんのりと光を帯びはじめる。


「もしかしたらこれも……一種の魔力かもしれません」

「そう……なのだろうな」


 幼い頃から、知らずのうちに魔力が漏れたり、持ち物に魔力を宿してしまうことがあった。これも、その現象の一種なのだろう。


「父は……わたしや母に、むやみに宝石や原石に触れてはならないと言っていました。

 もしかしたら、石には魔力が宿りやすいことを知っていたのかもしれません」

「たしかにこのさまを見れば多くの者が、未知の力によるものと考えるだろうな」


 胸がずん、と重たくなった。


 灯りにかざさずとも光る、奇妙な石。こんなものが売り物になるはずがない。

 魔力が石に影響を与えてしまうとなると、ジェミニの仕事にかかわることすら許されないかもしれない。


 心が、じわじわと沈んでゆく―――けれど。


「しかしこれは……心底、うつくしいな」


 ジェミニの言葉に、わたしは思わず顔を上げ、目を丸くする。


「え……?」

「もし君が研磨師になれば、ほかの職人が嫉妬するだろうさ。新人が一足飛びに出世しちまうってな」


 意味がわからず、わたしは身を乗り出してジェミニに尋ねる。


「これは……売り物になるということですか……?!」

「当然だ。

 宝石の輝きを魅せるために、光は欠かせないものだ。暗闇においてもみずから光る……そんな珍しい宝石を、上流階級の人々が欲しがらないわけがない」


 ジェミニは蝋燭に背を向けて座る。

 自分の身体で影を作りながら、ほのかに光る紫水晶アメシストを眺めて、微笑む。


「だって、気味が悪いとは思わないのですか……?」


 ジェミニの言うことは理解できるけれど、やはり信じることはできなかった。


 わたしの想いを感じたのか、ジェミニはふっと笑うと、わたしの髪をくしゃりと撫でる。


「言ったろう。

 この国で魔女は、神聖なる存在。歓迎されることはあっても、気味悪がられることなどあるはずがない」


 喉の奥が、くびすじが、きゅっと痛んだ。

 ジェミニの言葉は、くるしいほどまっすぐ、わたしに届く。


「ティアは、太陽と月の違いを知っているか?」

「え……?」

「太陽はみずから光り輝いているが、月は太陽の光によって輝くのだ」


 知らなかった。しかし、言われてみれば納得がいく。


 太陽が出ている昼間は暖かいけれど、月が出ている夜は涼しい。

 月が日ごとに形を変えるのも、太陽との位置や距離と関係があるのかもしれない。


「君は、太陽と月、どちらに惹かれる?」


 ふしぎな問いに、わたしはぼんやりとしながら答える。


「月……です」

「そうか。私は、太陽だ」


 そう言いながらジェミニは、窓の外を見遣った。

 しずかな月のあかりが、てらてらと路地を照らしている。


「太陽と月。

 どちらが上でどちらが下ということはない。その価値や好みは人によってそれぞれだ。

 君の研磨する宝石が太陽で、それ以外の宝石が月だと思えば、どちらもそれぞれの良さがあるじゃないか」


 頷いて良いものかわからず、わたしはごくりと唾をのんだ。


「でも……魔力はいつか、尽きるものです。

 この宝石もきっと、いずれは力を……光を失います」

「たとえひと時の輝きでも、欲する者はいるさ。

 光が消えようと、宝石は宝石だ。それ以下の価値になることはない」


 ジェミニが、誤魔化しでもお世辞でもなく本気でそう言っているのだと、ようやく理解した。


 うれしくて、苦しくて、零れ落ちそうな涙を必死にこらえた。


「ティア。私は君の考えを尊重したい。

 君は研磨師を目指し、学びたいと思うか?」


 下唇を噛み、わたしは小さく頷く。


「学びたい……です」

「そうか」


 ジェミニは、月明かりのようにやさしく笑った。


「私は君が……望むままに、生きてほしいのだ。仕事でもなんでも、君がやりたいと思うことを後押ししたい。

 私の言いたいことは、わかるか」

「よく、わかります」


 古くから魔女は、煎じた薬や魔法を売り、生計をたててきた。


 けれどいつしか祖国では、魔女は魔女として生きていけなくなった。

 わたしは、魔女であることをひた隠しにし、姿をひそめて生きる母の姿しか見たことがない。


「魔女として在りながら……魔女の誇りをもちながら生きていきたい。

 そしてそれ以上に、あなたの……ジェミニの役に立って、生きていきたいです」


 わたしが言うと、ジェミニはもう一度やさしく笑う。


「では、私達が目指す方向は、同じだな」


 ジェミニは、わたしをそっと抱き寄せながらそう言った。

 やわらかなその言葉に、心がやすやすとほどかれる。


 生きていくこと。求めること。望むこと。

 これまで閉じこめてきた感情が、ひとつひとつ、解きはなたれてゆくように感じた。

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