Ⅱ-02 魔女の目利き






 

 その後は宝飾品加工や鑑定の部門にも立ち寄りながら、街に戻った。


 大通りから脇道に一本入ると、通りに屋台が立ち並んでいる。


「自宅に近いこの三番街は、飲食店の屋台が多い」

「お祭りみたいに、賑わってますね」

「昼どきだからな。ついでにここで食事をとろう」


 屋台から香るいいにおいに、誘われる。

 わたしはポークパイとベリージュース、ジェミニはジンジャービアを注文した。


「やはり、研磨カッティングに惹かれたか」


 昼食中の話題はやはり、先ほど目にした研磨の技巧や設備のことばかりだった。


「父の姿を思い出して、なんだか懐かしくて……

 宝石研磨師の仕事って、ずっと、魔法みたいだって思ってたんです」

「魔女の君が、それを言うとはな」

「魔女の魔法ではあんなこと、できません。

 研磨師は見た目と手の感覚だけで、うつくしい宝石の姿かたちをつくりだす……魔女よりもずっとずっと優秀な、魔法使いです」


 わたしの熱意が通じたのか、ジェミニはふっと笑ってわたしを見遣る。


「皆の仕事が終わったら、実際に研磨をしてみるか?」

「えっ! そんな……あの、いいんですか……?!」

「あぁ。私も簡単な技法なら教えられる」

「うれしい! うれしいです、ほんとうに!」


 興奮して、思わずカップをひっくり返しそうになった。

 ジェミニが反射的にカップを掴んでくれたおかげで、大惨事にならずに済んだ。








 食事を終えてからも、ジェミニは街の案内を続けてくれた。


「屋台で食事をするなんて、初めてでした」

「東方の国では、外食文化はあまりないらしいな」

「そもそも女性が屋外で食事をすることが、ほとんどありません」


 三番街のとなりの通りは、二番街。食品や日用品の露天商が多い。

 そして、その一本となりが……


「ここが、一番街。香辛料や衣服、それに宝飾品や家具を主に販売している」

「すごい。ここが一番、賑わってますね」

「買い付けに来る行商人も多いからな」


 二番街・三番街のように露天商からの呼びこみの声は少ないものの、一番街は買い物客であふれかえっていた。


「必要なものや気に入ったものがあれば、買うといい」

「ありがとうございます」


 ジェミニはそう言ってくれたけれど、初めて目にする異国の品の数々を眺めているだけで、じゅうぶん楽しかった。


 人波をぬって通りを進むと、ふと、目についた品物があった。

 兄弟らしき男の子が2人、敷物の上に商品を拡げて売っている。


 中古品や鉱石、ガラス石などが並べられているけれど、その中で異質な輝きを放つ緑色の石があった。


「……ジェミニ」

「ん?」


 わたしはジェミニに、気になったことを耳打ちする。


 するとジェミニは頷いて、兄弟の目の前にしゃがみこみ、声をかけた。


「手に取って見てもかまわないか?」

「もちろんです」


 兄と思われる10歳くらいの男の子が答えると、ジェミニは緑色の石を手に取った。

 陽のひかりに透かして観察しながら、ふたたび尋ねる。


「この石は……どうやって手に入れたんだい?」

「古い家の、解体工事があって……壊した家の跡から、なんでも持ってっていいって、言われて」

「そうか」


 おどおどと答える男の子に、ジェミニはやさしく語りかける。


「この石は、とても貴重なものだ。

 この金額では買い取れないので、できる限り正規の値段で買い取りたい。

 きみにとっては大きなお金になるが、渡しても大丈夫かい?」


 ジェミニの言葉に、男の子は目を丸くする。


「お、お母さんを、呼んできていいですか」

「母親がいるのか。ぜひ、そうしてくれ」


 男の子は弟に店番を任せると、駆け出していった。

 母親は二番街で露店を開いていたようで、ジェミニがおおまかな買い値を伝えると腰を抜かしていた。







 結局、母親とともに宝石事業部の本部に赴き、鑑定士が正式な値段をつけて買い取ることになった。


 日が暮れるころ、わたし達はふたたび研磨工房をめざして川沿いの道を歩く。


「しかしすごかったな。あの一瞬であれを、エメラルドと見抜くとは」


 露店で安値で売られていた緑の石は、2カラットもの大粒のエメラルドの原石だった。

 傷だらけで表面はひどくくすんでいたため、ただのガラスだと思って売っていたのだろう。


 元の持ち主がどうやって手に入れたものかはわからないけれど、原石のまま長年保管されていたようだ。


「魔女は、そういう目利きができてしまうんです。ズルをした気分です」

「相応の対価を払ったのだから、ズルでもなんでもないさ」


 ジェミニの言葉に、わたしは内心ほっとした。


「本音を言うと、あのままの金額で買い取られるのかと思いました」

「ははっ! 商人としてはそうすべきだったな」


 あの石は露店で、4ミリア(リンゴ2個程度の値段)で売られていた。それをジェミニは、4000ミリアで買い取ったのだ。


 ふつうなら僥倖ぎょうこうととらえ、本来の値打ちなど明かさずに購入するものだろう。


「いいのさ。私たちは行商人ではない。

 この国がもっと発展するためには、彼らのような層が金を持ち、経済を回すべきなんだ」


 ジェミニの黒髪が、夕陽に照らされて黄金色にひかる。


 研磨工房のむこうの麦畑を見ながら、ジェミニはやさしく笑った。

 やわらかな風がふく。麦畑はさらさらと波うち、ひかる。


「どうした?」


 ひかりに溢れた世界。

 そこに重なったジェミニのやさしい声に、胸が痛くなった。


(こんなにうつくしい世界が、あるなんて)


 泣きそうになるのを必死に我慢して、わたしは肩をすくめてごまかす。


「……わたし、ジェミニのところにお嫁に来られて、本当に良かったです」

「なっ……!!」


 ジェミニの顔が、茜色に染まる。

 そのようすがなんだか可愛くて、わたしはますますジェミニのことが好きになってしまった。



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