Ⅱ.首都での新生活

Ⅱ-01 宝石研磨工房





 日が昇ってから数時間がたち、ようやくジェミニが目を覚ました。


「……あ、起きられましたか?」


 まぶしげに目を細め、ジェミニはくしゃりと髪をかきあげる。


「……悪い。あのまま、寝てしまったのか」

「ふふ、久々のやわらかいベッドでしたもんね」


 ジェミニは、一度起こしかけた身体をふたたびぼすんとベッドに預けた。

 寝ぼけているのか、昨日までよりさらに表情がやわらかい。


「……君は、眠れたか?」

「ドキドキして、寝付けなくて。ずっと……ジェミニの寝顔を、見つめていました」


 わたしが言うと、ジェミニは目をまんまるに開く。

 窓から差しこむ陽の光が反射し、ジェミニの瞳が黒蛋白石ブラックオパールのようにきらきらとかがやく。


「じ……次回からは頼むから、起こしてくれ」

「すみません。男の人の寝顔なんて初めて見たから、つい」

「……君は、案外とあぶなっかしいな」

「え?」


 ことばの真意がわからず首をかしげると、ジェミニはハァと息を吐いた。


「しかし、人前でこんなに熟睡したのは久々だ。

 ティアが見守っていてくれたからかもしれないな」

「そう、でしょうか」

「あぁ、きっとそうだ」


 そう言いながらジェミニは、わたしの手の甲にキスを落とす。

 それだけでわたしは、全身の力がぬけて溶けおちてしまいそうだった。







 朝食をとり身支度を整えると、中心街に出向いた。


 目的の場所は、港と中心街を結ぶ貿易街道。

 その街道沿いにある、ヴァンダーヴェルト商会を訪ねると。


「神よ!!

 ようやくヴァンダーヴェルト家に、貴方様の遣いがもたらされました!!

 長年待ち望んだ魔女聖女殿が我が一族に加わることを心から誇りに思います……!!」

「……父上、恥ずかしいからやめてくれ」


 出迎えてくれたのは、商会長であるジェミニのお父様。

 凛々しい眉ときっちり整えられた口ひげとは対照的に、両手をバンザイしながらわたしを歓迎してくれた。


「まあまあまあ! なんて美しい子、なんて美しい瞳!

 社交界で重宝されますわよ、さぁこの子に似合うドレスを10着用意して!

 瞳の色に合わせた赤系統のドレスに、紫、白、ゴールド、水色も合うわね! あぁ、反対色の緑を敢えて取り入れるのも……」

「……母上、恥ずかしいから本当に、やめてくれ」


 商会長の奥様であるジェミニのお母様は、ジェミニにそっくりの艶やかな黒髪をきっちりとまとめている。

 お母様も商会で、服飾関連の業務にかかわっているらしい。


「素敵なご家族で、ほっとしました」

「素敵……? まぁ、悪い人たちではないな」


 わたしが言うと、ジェミニは首を捻りながら答える。


(あんなに歓迎して頂けるなんて……思いもしなかった)


 ご両親に会うと聞いて緊張していた気持ちが、すっかりほぐれてしまった。


 お兄様やお姉様、ご親類など多くの方が商会の業務にかかわっているという。商会は親族経営に近い状態となっているようだ。






 商会を出るとジェミニは、宝石事業部を案内してくれた。

 宝飾品の販売は、商会の1階の店舗で行われているらしい。


 街の外れまで来ると、田園のそばに大きな保管庫があった。そこでは採掘した宝石の保管と鑑定が行われている。


「ここが、研磨カッティング部門。一流の宝石研磨師  カッター  が揃っている」


 その保管庫のとなり、水車の回る小川のそばに、研磨工房があった。


(あぁ、なんだかすごく……なつかしい)


 30人ほどの宝石研磨師が、それぞれの作業台で研磨を行っている。


 工房内にひびく、研磨盤や水の音。

 研磨師の横顔、目線のうごき、魔法みたいな手つき。

 なつかしい感覚に、幼いころの記憶が呼びおこされる。


「あの、すこし、見学してもいいですか?」

「もちろん」


 ジェミニに許可を得て、わたしは作業の邪魔にならないよう距離をとりながら、ひとりの研磨師のうしろに立った。


 研磨師が手にとったのは、アクアマリンの原石。


 青みがかった乳白色の原石をひかりにかざし、拡大鏡を覗きながら石の内部を確認する。

 どう削るか数秒思案すると、砥石付きの盤を回して荒研磨にとりかかる。


(すごく手早い……足踏みじゃなく、水の力をつかって機械を動かしているんだ)


 あっというまに形ができあがると、研磨盤と研磨剤を変えながら表面をととのえ、磨いてゆく。


 一面、一面。

 丁寧に磨くうちに徐々に艶を帯び、淡い青色の宝石へとすがたを変える。

 陽光の射しこむ、澄んだ海辺のような、青。


 父以外の研磨師の作業を見るのは、初めてだった。

 効率的な作業環境、様々な道具を使いこなす研磨師、そしてまたたく間にすがたを変える原石。


 それらのすべてに目を奪われていると、年配の研磨師が大きな声をあげる。


「なんと、旦那ボスの嫁さんかい。

 こりゃ、どえらい美人をつかまえたもんだ!」

「父親がクエニの研磨師だったらしい」

「へ~! クエニって言やぁ、採れねぇ宝石はねえって国だろ?」


 年配の研磨師とジェミニの会話に加わるべきか迷っていると、正午を告げる鐘の音が響いた。

 昼休憩に入る研磨師が、わらわらと集まってくる。


「美しい瞳だなぁ。旦那が惚れるのもうなずけるぜ」

「北の鉱山で鉱夫連中を救ったってのは本当かい?」

「魔女に会うなんざ、何年ぶりかねぇ」

「最近は田舎で隠居生活を送ってる魔女が多いもんなぁ」


 研磨師たちに囲まれて困惑していると、ジェミニが苦笑しながら助けだしてくれた。

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