Ⅲ-06 ものの価値
ドレイク氏は本当に、藁にもすがる想いらしい。
なにか手立てがあるなら教示してほしい、ナツメグが手に入るならサファイアはくれてやると言い、わたし達を中型の船に乗せその無人島まで連れてきた。
「見えてきた。ほら、あの島だ」
「……酷い有り様だな」
大きな島ではないが、小さな村くらいはありそうな島だった。
しかし土地は完全に焼き払われ、島には言葉どおり、何もなかった。
「あまり近づくと、匂いにやられる。鼻を押さえておいた方がいい」
「たしかに、すごい匂いだ」
香辛料には幻覚をもたらすものもあり、ナツメグもそのひとつだという。火にかけられたことで、島全体からは強烈な匂いが発されていた。
ジェミニも、首を横に振るしかなかった。
「さすがにこれでは、種も残っていないだろうな。
しかし……この周辺の島々を根気よくあたれば、現地民が種のひとつくらい持っているのではないか?」
「ここらは言語が違いすぎてな、現地民の言葉はさっぱりわからん。宝石をチラつかせても奴ら、見向きもせんしな。
それにいずれにしても、シェーグラントの息がかかっている。ちょっとやそっとのことじゃ取引には応じないだろうよ」
「万策尽きた、というわけか……」
わざわざ無人島まで来たけれど、成果はなにひとつ得られなかった。
ジェミニもドレイク氏もすっかり肩を落として、オーティロイド島へと舵を切ろうとしたとき───
「そら、あそこで漁をしているだろう。奴らがこのあたりの島の現地民だよ」
ドレイク氏が指した方向を見ると、無人島からほど近い沖に、船で漁に来ている人たちがいた。
ドレイク氏は「おーい」と手を振り、念のためにと用意していた交渉用の宝石の数々を掲げた。
現地民は一瞥し、なにやら早口で話す。そしてドレイク氏を無視して、漁を再開した。
ドレイク氏はふたたび、肩を落とす。
しかしわたしは、かすかに聞こえた彼らの言葉に聞き覚えがあった。
「
波音に負けないよう、大きな声で叫んでみる。
すると、現地民がぱっと顔を上げた。
「通じてるかも! すみません、もう少し船を寄せてもらえますか?」
「お、おう!」
わたしが言うと、ドレイク氏は慌てて船員に指示を出した。
少しずつ船を近づけながら、わたしは彼らに話しかけ続ける。
「
わたしの言葉に反応し、彼らは漁の手をとめた。顔を見合わせ、なにやら話している。
「奴らの言葉がわかるのか……?!」
「古いクエニ語に、似ている気がします。簡単な単語しかわかりませんが……」
「そうか……! この辺りは大昔、クエニの領地だったから……!!」
ドレイク氏は驚きながらも、興奮した様子で言う。
「
わたしが言うと、彼らは早口で話しながらわたしを指さした。
彼らの言葉をなんとか聞き取り、わたしは言葉を返す。
「
彼らはうんうんと頷き、身振り手振りをまじえながら話す。それを聞き取りながらわたしは、拾いあげた単語を繰り返す。
「
「
彼らは興奮した様子で、船上で飛び跳ねながら喜んでいる。
「なんだ、なんと言ってるんだ!?」
「このビーズのネックレスと、ナツメグの種を交換してくれると言っています」
「な、な、な…………!!!!」
彼らの言う「
ドレイク氏は、言葉をうしなうほどに感激していた。
翌日。
カラフルなガラスビーズや貝殻のビーズを詰めこんだ樽を大量に積み、ふたたびあの無人島の近くまで船を出した。
約束どおり、現地民はナツメグの種を大量に持ってきてくれた。
それどころか、麻袋にひっそりと巻かれたナツメグの木の苗までも、交換の品として差し出してくれた。
ナツメグを育てるコツまで教えてくれて、彼らとの取引は無事に終了した。
「しかし、サファイアやダイヤモンドには目もくれなかったのに、まさかあんな安価なもので交渉にのるとは……」
「彼らの部族では、ガラスビーズが貨幣の役割をはたしているようです。
紫や白の貝は神聖なものの証として重宝されているようで、そちらも喜んでいました」
ものの価値は、人それぞれということだ。
ドレイク氏はにやけ顔をこらえきれない様子で、「そうか、そうか」と頷いた。
ドレイク氏は約束どおり、200カラットのサファイアを譲ってくれた。
こちらも相応の額は支払ったが、今後もドレイク商会との繋がりができたことを考えると良い取引だったと、ジェミニは満足げだった。
「しかし、君はなぜ古いクエニ語がわかったのだ? クエニ人でも話せる者は少ないだろう」
「養父の仕事の手伝いで……翻訳や通訳のためにいくつかの語学を学ばせてもらったのです。単語レベルの、知識ですが」
クエニでは学校に通えなかったため、養父は勉強の一環として周辺国の外国語を学ばせてくれた。
ジェミニは納得した様子で、「そうか」と頷く。
「そのおかげで、我々は命拾いした。
「そのうちニューアミリアに会いに行くと言っていたので、いつか会えると思います」
ジェミニが言うように、いずれ養父に会って、ちゃんとお礼を言いたかった。
あなたのおかげで、わたしは世界を知ることができたと。
新たなしあわせを見つけることができた、と。
それから数日かけ、首都に戻った。
ほっとした矢先―――
「嫁、ティアナよ……殿下は、君をご所望だ」
「……はい?」
見えかけた解決の糸口は、まだぐちゃぐちゃと絡み合っているらしい。
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