Ⅲ-07 王室との交渉
ニューアミリアは長らく他国の占領下にあったものの、王朝が途絶えたわけではない。
先日、国王が崩御された。
通常なら王位継承順位1位にあたる皇太子も、すでに亡くなっていた。
そのため、国王の孫にあたる皇太子殿下が後継者となり、あらたに即位することとなる。
その殿下の王位継承を正式なものとする戴冠式の王冠を、ヴァンダーヴェルト商会が用立てたのだ。
王室に向かう馬車の中、
王冠の不備について正直に話し、とにかく平謝りをしたこと。
結果としてサファイアとスピネルを正確に鑑別できたことについては、一定の評価を受けたこと。
殿下は「スピネルのままで良い」と仰ったが、王室関係者がサファイアに変えるよう説得したこと。
そして―――
「宝石の交換にあたって殿下がだした条件が、『ティアナ・ヴァンダーヴェルトを連れてくること』だった」
「な、なぜ、わたしなんでしょう……」
───その答えは、殿下との対面後に明らかとなった。
ブロンドの髪、長い睫。
愛らしい、青い瞳。
「ようやく会えたわね、ティアナ。先日はほんとうにありがとう」
王位継承予定の女性皇太子・サラ殿下は、人懐っこい笑顔をこちらに向ける。
そう。
殿下は、あの夜の───家出をして研磨工房にやってきた、あの時の女性だったのだ。
「あなた、皇太子殿下……だったんですね……!」
「王女でいいわ。そう呼ばれるのは苦手なの」
驚いているのはもちろん、わたしひとりだった。あの夜の出来事については、だれにも話していないからだ。
「宝石の交換について殿下は、貴女が研磨をするなら受け入れると、仰っている」
王室の
「別に私は、ブルースピネルのままで構わないんだけどね。十分にうつくしいじゃない」
「なりません。戴冠式の王冠は、国の宝でもあるのです。最上級の価値を維持できない国であると他国に知れれば、弱みを見せるも同然のことで……」
「だそうよ」
執事卿の言葉をうけて、サラ王女は考えを手放したようすだった。
執事卿がどの程度の位なのかはわからないけれど、王女の言葉に意見できるほどの人物ということだろう。
「しかし、彼女はまだ、新人で……」
「私は、ティアナの研磨した宝石を身に付けたいの」
恐る恐る口を挟んだ
「この国は、原住民が土地を拓き、守ってきた歴史がある。戦争や占領、支配を繰り返しながらも、ようやく国はひとつになった。
そしてたまたま我が王朝が元首となり、たまたま私が次の国王となるの」
王女が言うと、執事卿の男性が訝しげに鼻を鳴らした。しかし王女は構うことなく続ける。
「私ができるのは、国のために揺るがず立っていることだけ。
もう二度と他国から攻め入られることがないよう、堂々と君臨することが私の使命だと考えています」
王女の言い分は、もっともだった。
けれど―――
「そのために、ティアナ。あなたの力を借りたいのよ」
―――わたしを選んだ理由の答えには、なっていない。
わたしは呆けたままで、なにも答えられなかった。
なにか言わなければならないことはわかっているのに、なにも言葉が出てこないのだ。
それからサラ王女は、わたしと2人だけで話がしたいと言い出した。
その要望は当然のように、
わたしもひとりきりでは気を呑まれると正直に伝え、ジェミニに同席してもらう許可を得た。
ジェミニに事のあらましを説明すると、卒倒しかけていた。
「こっちが弟のジョージ。それに夫のルビウスよ」
わたしとジェミニは、王女の弟君・ジョージ王子殿下と、夫君・ルビウス様と挨拶を交わす。
「覚えてる? あのとき私を迎えに来てくれた2人よ」
「え……? あ、あのときの!」
あの夜、馬でサラ王女を迎えに来た2人の男性。
暗がりで姿はほとんど見えなかったけれど、たしかに背格好はジョージ殿下とルビウス様のようだったなと思い返す。
「あれはね、最後の家出だったの」
「最後の……?」
「小さい頃、祖父が時々お忍びで街に連れ出してくれていたの。私とジョージをね」
「こ、国王陛下が、ですか」
道中の馬車で
そして先日、祖父である国王が崩御されたため、サラ王女が王位を継承されることになると。
「戴冠式の前に……最後に、自由に街を歩きたかったのよ。だから2人にワガママを聞いてもらったの」
「あんな街外れに居るとは思わず、肝が冷えました」
「ふふ、ごめんなさい」
ジョージ殿下が言うと、サラ王女は悪戯っぽく笑った。
あの時の鈴の音は、事情を知る2人が迎えにきたという合図だったようだ。
「私は、国を背負うにはまだ若すぎる。だけどもう、泣き言なんて言える立場じゃなくなる」
サラ王女の青い瞳が、きらりと光った。
つよく、まっすぐな眼差しに、思わず目を奪われる。
「私はね、宝石なんてなんだっていいの。でもせっかく作り直すなら、あなたの磨いた宝石を掲げたい」
そう言ってサラ王女は、ドレスの胸元にかくれたネックレスのチェーンを引き上げた。
そのトップにきらめくのは、あの夜わたしが研磨した若葉色の
「あなたがくれたこの石のひかりは、祖父を喪い、なんの信念も掲げられぬままだった私の
あの夜、サラ王女は涙を流していた。
わたしはそんなサラ王女に、なにかをしてあげられたわけではない。
「わたしは、なにも……」
「あなたは私に、大切なことを教えてくれたわ」
サラ王女はわたしの言葉を遮り、かぶりを振った。
「『ニューアミリアを自由の国と呼ばれるような国にしたい』。それが、祖父の口癖だった」
サラ王女はジョージ殿下と目を合わせ、昔を懐かしむように柔く笑った。
「正直ね、ピンと来なかったの。私は戦争を知らないし、自由っていうのがどんなものなのかもわからない。
だけど、あの夜あなたの話を聞いて―――」
あの夜のことを、思い出す。
サラ王女に問われるがまま吐露した、素直な想いを。
「だれもが平等で、生きる権利をもち、仕事を選ぶことができて、住みたい場所に住むことができて。
私にとって当たり前だったその全ては……そうでない人から見ればまさに、自由そのものだった。あなたと話して、ようやく気が付いたの」
そしてわたしの話を聞いたサラ王女の、うつくしい涙を思い出す。
「祖父が、国民とともに築き上げた自由の国を、守りたい。もっともっと、垣根をとりはらって、本当の意味でだれもが自由に生きられる国にしたい」
サラ王女は、ふたたび強い眼差しを取り戻した。
身を乗り出し、青い瞳をきらきらさせる。
「戴冠式は、国民への誓いの儀式よ。
皆が迷うことなく前に進むために―――私は、あなたが磨いた宝石を掲げて、誓うの。
愛と希望に満ちた、命が輝くこの国の……自由を守るって」
あの夜のわたしの言葉をもちいて、サラ王女は言った。王女の言葉が、一筋の光の矢のようにまっすぐ届いてくる。
あの夜、わたしはなにもできなかったけれど、それでも王女の心はたしかに動いたのだ。
わたしはジェミニを見遣った。
あいかわらず強張った面持ちではあったものの、ジェミニも覚悟を決めたようすだった。
「謹んでお受け致します。機会を頂き、誠にありがとうございます」
それに倣ってわたしも頭を下げ、言うべき言葉をさがす。そのときふと、
「ありがとうございます。持てる全てを出しきって、かならず、最高の宝石に仕上げます」
虚栄でもいいから胸を張れ。
するとサラ王女は、わたし達の前にしゃがみこみ、目線を合わせてにこりと笑った。
「こちらこそ、ありがとう! あなたの磨いたサファイア、楽しみにしています」
王女らしくない振る舞いに、ジョージ殿下は肩をすくめた。ルビウス様も諦めの表情を浮かべながら、サラ王女の様子を笑って見ていた。
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