Ⅲ-08 心強い仲間






 無事に交渉を終えると、商会長お義父様は涙を流しながら喜び、ジェミニとわたしに抱きついた。


 工房で待っていた主任チーフ工房長マスター、職人長らも、安堵し膝からくずれ落ちていた。






 さっそく、工房にいた研磨師たちと、200カラットのサファイアの鑑別をおこなう。


「このサイズのサファイアが手に入るとは……ピンクトパーズは幸運の女神だな……!!」

「加熱処理もされていないのにこの色合いとは、素晴らしい」


 上品で落ち着いた、まさに「ロイヤル」なブルー。

 深い海のような、しずかな、荘厳で豊かな青。


 オーティロイド島で購入した時点で、すでに若干の研磨はされていたため、宝石の内部はある程度観察できる。


 この大きさにしては、品質を損なうような内包物インクルージョンはなく、研磨中に割れてしまうようなひびクラッキングもなさそうだ。

 戴冠式のティアラにもちいる宝石として、申し分のないサファイアだった。


 しかし、これほどの巨大なサファイアなので、研磨において注意すべき点はいくつかある。


「非加熱の証として、シルクインクルージョンは活かしたほうが良いな」


 まずは、シルクインクルージョン。

 こまかな白い針のような模様が、原石の内部にあるのがわかる。


 サファイアは青みを強くするために、加熱処理されることが多い。加熱処理をすると、このシルクインクルージョンは消えてしまう。

 シルクインクルージョンがあるということはことの証ともいえるため、あえて残したまま研磨することがほとんどだ。


 それでも内包物インクルージョンというのは、他の宝石の場合なら評価を下げる要因となるもの。

 天然の証とはいえ、削りかた次第では、宝石の見栄えを損ないかねない。


「わずかだが、カラーゾーニングも見られる。どう切り落とすか……」


 もうひとつの注意点は、カラーゾーニング。


 サファイアはその性質上、原石が大きくなればなるほど、が出やすい。

 ひとつの原石でも、青い層と無色の層が、縞もようを描くように重なることがある。


 削りかたを間違えると、白っぽい見栄えとなってしまう。研磨次第で、サファイアの良さである、というわけだ。


 あーだこーだと意見を出し合う研磨師たちをよそに、ジェミニが工房長マスターに尋ねる。


「実際、どうなんだ。ティアナの研磨技術は」

「昇り竜のごとく成長してらぁ! なぁ、ピンクトパーズ!?」

「は、はい」


 工房長マスターはほかの研磨師に命じて、保管庫の地下からわたしが研磨した宝石を運び出してきた。


「これ全部、ティアナが磨いたのか……?!」


 驚いた様子のジェミニに、工房長マスターと職人長が口々に答える。


「見てるほうが心配になるくらいには、工房に入り浸ってたぜ」

再研磨リカットさせても巧いし、こんな新人、見たことねぇっスよ」


 仕事の前後や休日など、空き時間のほとんどをわたしは研磨の練習時間にあてていた。

 ジェミニがいない期間に、300個ちかくの原石を磨きあげていたみたいだ。


 それに加えてここ最近は、再研磨リカット(傷ついた宝石を再び磨きなおすこと)の仕事もさせてもらえるようになり、石に触れる時間は格段に増えていた。


「ピンクトパーズの研磨カッティングの成長ぶりは確かだ。十分、客に売れるレベルに到達してると思うぜ」

「俺も思います。

 ピンクトパーズは石の構造をよく理解してるから、面の取り方に間違いがない。目がいいのもあって仕上がりが良いし、光らなくたって高値で売れるレベルっス」


 工房長マスターと職人長が、そんなふうに評価してくれているとは思っていなかった。うれしい反面、落ち着かない気持ちになる。


「……確かに、対称性シンメトリーもとれているし……プロポーションも良い。表面の艶、輝きも申し分ない」


 拡大鏡でわたしの磨いた石を見ながら、ジェミニはぽつぽつと言葉を並べる。


「よく頑張ったな、ティア」

「っ!! ……ありがとう、ございます」


 ふいな笑顔に、思わず心臓が跳ねる。


(だめ、にやけちゃだめよ、わたし)


 心のなかでは、ご褒美をもらった犬みたいにぶんぶんしっぽを振りながら。

 表情筋のうごきを必死におさえていると、職人長が控えめに口を開く。


「でも、工房長マスターはいいんです? もともとは工房長マスターに来た仕事でしょう」


 職人長の言葉に、はっとした。

 サファイアの件ですっかり安堵してしまって、そういうことが頭から抜けていた。


 何か言わなければ、と顔を上げた、その瞬間。


「妙な心配すんじゃねェ!」

「いてっ!!」


 ドガッと、工房長マスターが職人長の頭にこぶしを振り下ろした。


「ピンクトパーズのおかげでサファイアが納品できるってのに、文句あるわけねぇだろ!!」

「殴るこたねーだろ、殴るこたぁ!」

「うるせェ!!」


 おろおろと2人を見遣るが、ジェミニは「いつものこと」と首を振っている。


「俺たち職人にとって大事なのは、日々の努力と運の良さ、それに 才能 持って生まれたモンだ。

 目の良さも、手先の器用さも、感性も、なんならも、大概持って生まれたモンだろうが」


 工房長マスターは腕を組み、いつものように胸を張る。


「ピンクトパーズが魔女ってことも、ある種の才能だ。

 才能のあるやつが見合った職に就いて活躍することの、なにが悪い? そこにケチ付けんのは、野暮ってもんだ」

「そこまで言ってねぇだろ!

 俺は師匠はつらくねぇのかなって心配しただけだろーが!」

「そーゆーのを、余計な世話っつーんだ、アホタレ!! 弟子のくせに!!」

「じゃあ弟子に心配かけんじゃねーよ!」


 工房長マスターにとって職人長は、一番弟子。

 職人長にとって工房長マスターは、唯一無二の師匠だ。


 長年、工房長マスターの研磨を一番近くで見てきたからこそ、工房長マスターを想って出てきた言葉なのだろう。


「わたし、あの、申し訳ありません! 考えが及ばなくて……」

「いやいや、ピンクトパーズが気にすることはひとつもねェ。

 客がお前を選んだんだ。胸張って仕事すりゃいい」

「悪かったな、ピンクトパーズ。べつにお前にケチ付けたかったわけじゃないんだ」


 2人の話は、まるくおさまったようだ。

 もっときちんと謝りたかったけれど、2人の会話はもう別の話題に切り替わっていた。

 ジェミニも、周囲の研磨師も「やれやれ」といった様子だ。


「ピンクトパーズは、ここまで大きいサイズの研磨は初めてだろう」


 工房長マスターが何事もなかったかのように問うてくるので、わたしは慌てて答える。


「は、はい。一番大きなサイズでも、10カラットくらいで……」


 通常、カラット数が増えるほど精密な研磨技術が必要となる。少しのずれが、大きなずれとなるからだ。


 今回のサファイアは、約200カラット。原石の時点で、クルミくらいの大きさがある。


「期限ギリギリまで、できるだけ大きなサイズの研磨を練習すればいい。それに、王女は君に『一人でやれ』とは言っていない」

「おう! こんなこともあろうかと、今週納期の品はすべて仕上げて納品にまわした。

 全員でピンクトパーズの援護にまわるぜ」


 ジェミニと工房長マスターの心強い言葉に、ほかの研磨師もうなずく。


「ピンクトパーズの磨く宝石は、内側から輝く。テーブル面が広すぎると、遠目に見たとき白光りしてしまうかもな」

「……となると、カボションカット、エメラルドカットはいまいちか。ローズカットはどうだ?」

「ティアラの中央に来るんだぜ。ちょっとポップすぎやしないか」

「そりゃ、お前さんの好みの問題だろ」


 この2ヶ月間、工房のみんなはわたしの研磨する石をずっと見てきてくれた。

 助言をくれたり、光るという特徴をどう活かすか、自分のことのように考えてくれたり。


「ピンクトパーズ、お前ひとりで磨くわけじゃねェ。この工房の研磨師みんなで、磨くんだ。

 どーだ、心強いだろ?」

「はい!」


 わたしが答えると、工房長マスターはニカッと歯を見せて笑った。

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