Ⅲ-05 サファイアと香辛料







 翌朝。

 ジェミニの直属の部下で、宝石事業部の主任チーフであるワイアットさんとともに、船に乗りこんだ。


「奥様を連れていったりして、取締役ボスになんて言われるか……」

「わたしが望んだのですから、気になさらないでください」


 今回の船旅の目的は、サファイア鉱山のあるオーティロイド島でジェミニと合流し、超大粒のサファイアを見つけることだ。


 オーティロイド島にも、商会が管理している鉱山があるらしい。

 魔女は鉱石に対する感覚に優れている。

 宝石の鑑別だけではなく、どこにどんな鉱石があるか、という気配のようなものを感じることができるのだ。


「むやみに探すよりも、わたしが気配を読んで探したほうが効率的です」


 そう言って、商会長お義父様主任ワイアットさんを説得したのだ。


(本当ならこんなこと、しないほうが良いのだろうけど)


 相手が相手なら、「魔女の力で鉱山を探し当ててほしい」などという話になりかねない。

 かといって、工房長らが頭を抱えるのを黙って見ていることもできなかった。


「それは……ガラスビーズですか?」

「はい。工房のご近所の奥様に、いただいたのです」


 前回の船旅はすることがなく暇だったので、今回はビーズ細工の材料を持ってきた。


 先日川にスカーフを落としたご婦人が、あのときのお礼にとガラスビーズをたくさんプレゼントしてくれたのだ。

 近頃ご婦人がたのあいだでは、ビーズ細工が流行っているらしい。


 焦ったところで、船の速さは変わらない。

 あいかわらず消沈した様子の主任ワイアットさんのすがたを眺めながら、わたしはひたすらビーズに針を通すのだった。







「……ティア。なぜ君が、ここに居る?」


 オーティロイド島の鉱山に着くなり、ジェミニと合流することができた。

 こんなかたちで再会することになるとは、ジェミニも思っていなかっただろう。


 ワイアットさんは、これまでの経緯について説明をした。


 ブルーサファイアとブルースピネルを混同していたこと、王冠のセンターストーンがスピネルであること、今は商会長が王室への説明にあたっていること。


「なんという……」


 ジェミニは言葉をうしない、頭を抱えた。


 その後押し問答はあったものの、結局「いまはティアナに頼るほかない……」とジェミニは肩を落とすのだった。






 サファイア鉱山は、非常に入り組んでいた。

 以前見たダイヤモンドの鉱床とは違い、今回のサファイア鉱山は坑道を掘り進める採掘方式。


 気配を辿りながら、2時間ほどかけ坑内を一周した。結果的に、王冠のセンターストーンとしてふさわしいほどの巨大なサファイアは、見つからなかった。


「道はついえたか……」

「力になれず、申し訳ありません……」


 さらに肩を落とすジェミニ。

 すると、坑内を案内してくれた採掘の現場監督が早口に言う。


「でっけーサファイアなら先日、別の鉱山で手に入れたと騒いでる商人がいましたぜ」

「本当か?!」


 聞くと、オーティロイド島の隣国の者が、200カラットはある上質なサファイアを手に入れたとのことだった。


 入手したのは、隣国の大きな商会の商会長らしい。もはや、そこに賭けるしか手はない。


 まだオーティロイド島に滞在しているとのことだったので、わたし達はすぐに街に戻った。






 街では目立たないよう魔封じをおこない、その商会長のもとをたずねた。


 いかにも商人という風貌の、でっぷりとしたお腹の彼。

 彼こそが、曾祖父の代から続くというドレイク商会の、四代目商会長だった。


 しかし―――


「ダメだ。いくら金を積まれても、これは譲れん」


 わたし達が訪ねるなり自慢げに200カラットのサファイアを見せてくれたが、譲ってほしいと切り出した途端、表情が変わった。


「そこをなんとか……! このさき何十年にわたって貿易において便宜を図る、だから……」

「ヴァンダーヴェルト商会の名は私も知っている。ニューアミリアの大商会だからな。

 非常にありがたい申し出だが、我々もいま危機に瀕していてな」

「というと……?」

「香辛料の入荷の見込みがたたなくなり、王室からの信用を失った。この巨大サファイアで信用を取り戻すしか、方法はないんだ」

「香辛料……とは?」


 聞くと、ドレイク商会では先月、南方の無人島を買い取ったらしい。


 その島は、ナツメグという香辛料が自生している島。島の購入は、ナツメグを安定的に入荷するための正式な取引だった。


「しかし、シェーグラントの奴らも同じことを考えていたらしい。

 我々に先を越されたことに腹を立てて……奴ら、我々が買い取った無人島のナツメグを全て燃やしやがったんだ!!」

「そんな、酷いことを……」


 シェーグラント連合国は、東方の地域で勢力を拡げる大国だ。

 わたしの祖国であるクエニ王国も、現在シェーグラントの占領下にある。


(クエニ王国を足がかりに、徐々に南に勢力を拡げているのね……)


 それはそれとして、せっかく買った島を燃やされてしまうなんて。ドレイク氏の立場を思うと、サファイアを譲ってくれとは簡単に言えなくなってしまった。


「ナツメグの実自体はあるんだろう? そこからの栽培を試みてはどうだ?」

「いま市場に出回ってるナツメグは、シェーグラントの根回しで発芽しないよう細工がされているんだ」


 現在出回っているナツメグの供給は、シェーグラントがすべて管理している。


 ナツメグは消石灰に浸されてから販売されており、たとえその種を植えても発芽できないようになっているという。


 ナツメグは生育環境がある程度限られているうえ、自生している島はすべてシェーグラントが抑えているという。

 シェーグラントのやり方はとにかく、徹底されていた。


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