Ⅳ-03 いただいたお手紙






 目を覚ますと、自宅のベッドに居た。


「奥様、良かった―――お医者様を、お呼びしてまいります」


 聞こえたのは、ローレンスさんの声だった。

 部屋を出ていくローレンスさんの背中を見送り、うつろに思考をとりもどす。


(どうやってここまで、戻ったんだろう)


 ぼんやりと考えてはみるものの、頭はほとんどはたらいていなかった。






 それからまもなく、お医者様が診察に来られた。

 診察を受けているうちに、徐々に頭が覚醒してくる。


 お医者様の診察が終わると、入れ違いにバタバタという足音が廊下に響いた。


「ティアッ!! 大丈夫かっ!?」


 部屋に飛び込んできたのは、ジェミニだった。

 黒髪や肩にかかった雪など気にも留めず、ベッドに駆け寄ってくる。


「大丈夫です。すみません、ご心配をおかけして」

「あぁ、ティア、本当にすまない……!!

 無理をさせていることにも気付かず、本当に申し訳ない……!!」

「いえ、そんなに無理をしたわけではないんですが……自分の限界を知らずに、申し訳ありません」


 いまにも泣き出しそうなジェミニに圧倒されながら、わたしはジェミニの頭の雪をそっと払う。


「倒れたと聞いて血の気が引いた……医者は何て!?」

「しっかり休養と栄養をとるように言われました」

「それだけか!? もっと、こう、病名や薬は……!!」

「ちがうんです」


 ジェミニを落ち着かせるため、わたしはジェミニの冷えた手を握った。


「あの、子どもができました」


 黒く煌めく瞳が零れ落ちそうなほど、ジェミニは目を真ん丸に見開いた。






 ジェミニは両手をあげて喜んだあと、わたしの体調をひと通り再確認し、ようやく平静をとり戻した。


 ……と思ったら今度は目をうるうるさせながら、「こんなに嬉しいと思わなかった……」と布団に突っ伏すのだった。


 仕事を途中で抜けてきたと言うので、嫌がるジェミニをなんとか仕事に戻るよう説得した。

 ジェミニはにやけ顔がおさまらない様子で、後ろ髪を引かれながらもようやく家を出ていった。







 数日休めば、体調は回復した。

 幸いにもひどい悪阻つわりはなく、ペースを落とせば研磨の仕事を再開できそうだった。


「お店のほうに、奥様宛のお手紙が届いていたようです。

 体調が良くなってから渡すようにと、旦那様から預かっておりました」

「ありがとうございます」


 休養中、ローレンスさんが大量の手紙の束を持ってきてくれた。


 内容は、【StellaMareステラマーレ】の宝石の感想や感謝のことばの数々。

 中には「購入した宝石のおかげで願いが叶った」というなんだか眉つばな内容の手紙もあった。


 そして、「機を逃して頼めなかった。どうしてもあなたに研磨をお願いしたい」といった内容の手紙もあった。

 宝石を購入したい理由や、贈りたい相手について詳細に書かれているものもあった。


(こういう方のもとに―――わたしの宝石が、届けばいいのに)


 わたしは手紙を読みながら、粉雪の舞う外の景色を見遣った。








客層ターゲットはあくまで、ヴァンダーヴェルト商会の宝石を購入してくださる方々だ。あまり値段を吊り上げたくはない」


 復帰できる状態まで体力は回復したものの、肝心の転売対策についてはまだ妙案はでていなかった。

 ジェミニとお姉様は、なにか策はないかと頭を捻っている。


「生産ペースを落としても利益は十分に出る。価格帯は維持しつつ、なんとか転売対策を……」

「その転売対策が問題なんじゃない。

 転売を防ぐためには、ある程度買い手を絞る必要はある。そのためには価格をさらに上げるしか……」

「いまの需要はバブルのようなものだ。いつか必ずこの状況は弾ける。

 そうなった時に価格を下げれば、顧客にブランド価値が低下したような印象を与えてしまう」

「ならどうすんのよ」

「いっそ、抽選はどうだ?」

「そんな安っぽい売り方、絶対にイヤ! それに結局、転売対策にはなってないじゃない!?」

「オークションは……」

「だから―――」


 ジェミニとお姉様のやり取りは、まさに堂々巡りだった。


 買い手を絞りながら、すぐに転売されにくいような仕組み。

 お客様を選びたくはないけれど、転売対策のためにはそうするしかない。


 ―――そう考えたとき、ふと、頭に浮かんだ相手がいた。


「つまり……値段はそのままで、客層もそのままで、転売されにくいようにすれば良いんですね」


 ジェミニとお姉様は、よく似た黒い瞳をくりっとわたしのほうへと向けた。


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